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変化とバランス

レモンイエローの封筒を開ける。懐かしい文字。
引っ越し前のママ友とは、ほぼメールでのやり取りが常だったので、こうした手紙は新鮮だ。
便箋2枚ーそして、内容は思った通りのものだった。

ご主人の転勤が急に決まったとのこと。この春休みに越したこと。赴任期間は短くとも3年なので、家を売って越すことに決めたこと。
要件をまとめると、こんな感じ。
越す前に会えなかったこと、会いたいと思ってくれなかったことを落胆しつつも、心のどこかでは仕方が無いと彼女に同情する気持ちも湧いた。
あの地では、彼女は全てにおいて成功者だった。家庭も、仕事も、友達も。しかし、心機一転、環境がガラリと変わることで安定していたバランスは崩れる。
それは、私自身が経験者だからこそ分かるのだ。




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勿論、彼女は私とは性質が違う。根暗でも心配性でも神経質でも無い。そして、夫婦仲だって違えば親子関係だって違う。越したことにより、それまで以上の何かを手に入れる可能性だってあるのだ。
それでも、そうなるまでには多少なりとも努力が必要だ。


ー国内だからいいけど、寒いのが苦手。それに、子供達が馴染めるか心配。


それに尽きるだろう。彼女の手紙の一文に、母としての不安を読み取り、何か力になれればーと思う。
私が子を産んで初めて出来たママ友だし、私が越してからも変わらず付き合いを続けて来てくれた人だから、大事にしたい。珍しく、そこに負の感情は存在しなかった。




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会わない友達

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年賀状の当選ハガキは、今年も0枚。そもそも、枚数が少ないのだから、当たる確率なんてあって無いようなものだ。
夫の分は知らない。さっさと自分の分を振り分け、自室にあるデスクの引き出しにでも仕舞い込んでいるのだろう。

数少ない過去の友人や知人とのやり取りは、年末に面倒と思いつつも正月のポストに自分宛てのものを見付ければ、なぜだかほっとする。
子は、過去の担任や最近仲良くしているらしいクラスメイトや従兄弟に年賀状を出すようになった。我が子よりも少ない年賀状に肩身が狭い。そして、夫はやはり断トツの枚数。
外面が良い彼は、社交性が高い。私とは大違いなのだ。

引っ越し前のママ友からの年賀状は、あんなに離婚すると大騒ぎしていたのに、家族揃って赤ちゃんを囲んでの賑やかで幸福そうな写真。
同じく、引っ越し前にそんなに仲良くもなかった知人ママからは、相変わらず子供自慢の年賀状。子供がモデルをしていることで、掲載された雑誌の切り抜きがハガキ全体に散りばめられている。 モデルといっても、聞いたこともないようなフリー誌的なものばかり。彼女自身が達成出来なかった「夢」がそこにあるのだろう。それでも、貰ったこちらは正直迷惑。


ー日々、撮影の送迎が大変!!


なんて一言も、鬱陶しいに他ならない。


そんな中、一枚の湖の写真。未婚の友人からのものだ。もう長らく会っていないし声も聞いていない。そして、これから先も会うこともないだろうし、お互いの身に何かがあったとしても、駆け付けるような関係性でも無い。 それでも、彼女からの年に一度の一枚は、私にとって心の支えのようなものだ。


ー相変わらず苗字はこのままですが、好き勝手やってます!こちらに来る機会があれば寄ってね。(ここのホテルのコンシェルジュもどきしてます)


点々と職を変える彼女、そんな彼女はアーティスト肌で、昔から風変りな存在だった。平凡過ぎる私となぜだか気が合い、同じ職場にいた頃はランチをしたりたまに飲みに行ったりしたものだ。 互いに、種類は違うけれど、社会の中で生き辛さを感じていたーそれが彼女との共通項だった。
周りに左右されない生き方ー彼女は、それが出来る芯の強さを持った女性だと思う。
インスタ映えに振り回される世間。その中で、今も彼女は自分の居場所を探し求めて旅をし続けているのだろう。
そんな彼女が、365日×24時間のうち、たった数分でも私のことを思い出し、こうして手間を惜しまずハガキを送ってくれる。
年に一度のやり取りでも、受け取った側の心に新鮮な風を吹き込むことが出来る、そんな友人は、特殊で貴重だ。




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私のタイムカプセル

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嫁入り道具、なんて大層なものは無かったけれど、結婚する時に処分し切れず、持って来たものを入れている箱がある。
勿論、いざ夫に見られたとしても大丈夫なもので、きっと、私以外の人間がそれを見たら、ただのガラクタとしか思わないだろう。

何年ぶりに、その箱を開けた。
映画の半券や、古いプリクラ、旧姓の印鑑、聴く為の本体が無いMDカセット。

MDカセットには、当時好きだった曲の題名が記載されていた。ふと聴きたくなり、PCを開けて動画を探した。
この曲の、「イマというほうき星」のフレーズが頭から離れず、この時期になると聴きたくなる曲。




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懐かしいそれは、あっという間に私をあの時代に連れ出してくれる。
仕事からの帰り道、ひしめき合う電車の中の匂い、用も無いのにそのまま真っすぐ帰宅するのが嫌で、駅ビルの中をふらふら彷徨っていた。

若かったな、と思う。
地味で目立たない、リア充でも無い、判で押したような同じ日々を過ごしながらも、20代という若さは圧倒的に今と違って活き活きとしていた。
勿論、先の将来を見据えれば常に不安は付きまとっていたけれど、何というか、根拠の無い「一発逆転」を夢見る余裕があった。

MDの他に、昔、退職した時に貰ったメッセージカードがあった。辞めてから一切連絡を取っていない年上の女性。
こんな私でも、同じ職場に数年勤めていれば、仕事を教える立場だったこともある。パートとして入った彼女は、既に子供が大学生で年齢もアラフィフだった。
気の良い、明るいおばさんだった彼女は、しかし物覚えが悪く上司からは煙たがられていた。サービス残業までして彼女の仕事に付き合ったことが何度もあった。
いつしか、彼女は私を頼るようになった。私は、素直に嬉しかった。自分の仕事がそれで進まなくても、必要とされることはこの上もない喜びだったのだ。
そんな彼女から、別れの時に貰ったカード。花束に添えられていたそれを捨てられず、大事に取っておいたのだ。


「あなたのような、暖かい人に出会えて良かったです。次のステージでも、そのお人柄はきっと多くの人々を幸せにしてくれることと思います。」


私の存在を有難く思ってくれる他人ー、そんな人にこの先出会えるのだろうか。




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一方的な出産報告メール

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困惑してしまうもののひとつに、普段、付き合いもない人から一方的に送られる「報告メール」だ。
送付元は、引っ越し前の知り合いママだった。以前、子供が読者モデル?になったという年賀状を送って来た人とはまた別。
こんな私だが、引っ越し前はまともな人間関係を築いていたのだ。今、この地で私を知る人達からは信じられないと思われるだろうけれど・・・
区役所などで行われる「赤ちゃん会」に参加した時に、メアド交換した人の一人。あの頃は、皆が第一子初めての出産。となると、その地でのコミュニティ作りも、まだ探り探りの人達ばかりだったから、うまく立ち回ることも出来たのだ。


「第二子、生まれました!!」


表題を見て、げんなりした。日頃お付き合いしていれば素直にお祝いの気持ちも湧くのだろうけれど、なんだか幸せの押し売りをされている気分。
そして、彼女も長いこと一人っ子の母親として生活しており、それに終止符を打ったことを知り、メールが来るまでは彼女の存在すら忘れていたというのに、急に胸がざわざわし始めた。


また、取り残されたー


その現実を突き付けられ、もう顔もぼんやりとしか思い出せない彼女に対して嫉妬心が芽生えた。
いつも思うのだが、結婚準備をしていたのにそれを知らさず事後報告でドレス姿の年賀状を送ったり、また、妊娠した事実を知らせずに、急に「生まれました」のお知らせをする人々。一体、どんな気持ちでお知らせするのか?頭がお花畑なのか?そんな人間関係の距離感はつかみどころがなく、すっきりしない。
受取側としては、心の準備も出来ていないし、ただただ戸惑うばかりなのだ。




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あなたの20年後、私の20年後

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Mの自慢話の殆どは、いかに自分が夫に愛されているかということ。
まるで、新婚夫婦のような関係が結婚し5年経った今でも続いているということ、お姫様のように扱われているということ。
実際、SNSで見知っている内容をMの口から聞く度、あの幸せ満載な写真も、こうして皆に話していることも、紛れも無い事実なのだと思い知らされる。
しかし、皆が羨望の眼差しを向け、話に耳を傾けている中で私は、気が緩めばつい無機質な表情になりそうなのを抑え、あくまでも表向きは羨ましそうにーしかし内心では別次元の人種を見ているような感覚。
つまり、あまりにも自分の生活と掛け離れている彼女のライフスタイルは、本屋でファッション誌を立ち読みしているような、異空間の出来事なのだった。

2人以上の会話が苦手。なので、この場でもそれは例外なく、いつの間に私は盛り上がる彼女達の輪から抜けていた。
視線は、男性陣のテーブルにいる子供達に向けられていた。無邪気に笑う子達を見ていたら、急に我が子に会いたくなった。愛しい我が子。
普段、顔を突き合わせていると、もどかしかったり苛々したり、また不安に陥ったりと、難しい年齢に差し掛かっている子だけれど、やっぱり私が腹を痛めて生んだ子だから、文句なしに可愛い。
どんなに手が掛かろうと、振り回されようと、それが自分自身ではないところから発生することは、生き甲斐に繋がる。

会はお開きになり、ここでも私は女優になり切れず、当たり障りの無い会話に始終し、二次会へ行く皆と別れ、家路に向かった。
学生時代、教室の中での居心地の悪さが分かった気がする。それは、皆が皆、同じ立ち位置だったから。そこで、比べ合い、今で言うマウンティングのようなカーストのようなランク付けをし合い、そこからあぶれた者は相手にされないー逃げ場も無かったのだ。 あれから20年、将来はプロになると期待されていたサッカーのキャプテンは、はち切れそうな腹を抱えながら会社の愚痴、そして週末に地元の子供達のコーチをしていることが唯一の生きる糧だと笑う。 地味系だった女子は結婚し子育てに奮闘しながらも、子供達の成長に支えられながら今を生きている。ささやかではあるが、自分だけではない、幸福は次のステージへと向かっている。また、華やかだった彼女は何か満たされないものを抱えつつも、日々忙しく派手に生活をし、消費し、それを周囲にアピールすることで自らの存在意義を見つけている。人、それぞれの幸福。


そして、そのバラバラの立場と数時間の一期一会的な空間の中で、私はゆっくりかもしれないけれど、前には進めているのだと自覚することが出来た。また、それは自信にも繋がった。 行って、良かった。別れ際、皆に向ける笑顔に、あの時のような自身の無さは無かった、そう思う。




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