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校舎裏の紫陽花にて

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今日も曇り空の一日。
朝、家族を送り出してから最低限の家事だけすると、まだ整えていない布団にそのまま潜り込む。
恒例行事ともなっているお気に入りブログ巡りをしたら、睡魔が再び襲い、11時過ぎまで眠ってしまった。
いつもは、朝一で更新しているブログもままならず、なんだか無気力。
朝の情報番組もすっかり終わって、観たいテレビも何もない。まだシンクに残っている洗い物を目覚まし代わりに片付けてから、作り置きのアイスコーヒーを飲む。 ミルクたっぷり、ガムシロも二つも入れた甘いそれを喉に流し込む。糖分が欠乏しているのか・・


ー今週も、まともに人と喋らずに終わるのか・・


窓から、向かい側の棟を何気なく眺めた。いくつもの同じ形状をした部屋が無数にあって、しかし、どこもカーテンが閉まっており、人気もない。
一瞬、この団地には自分以外誰もいないのではないかと疑う程の静けさ。しかし、実際にはどの部屋にもそれぞれの暮らしがあり、日々淡々と日常が続いているのだ。それを思うと気が遠くなった。
梅雨時になり、幼稚園児や未就園児の声も聞こえて来ない。皆、家遊びをしていたり、また児童館に行っているのかもしれなかった。
団地内に群れの存在を感じないだけ、気分はいくらか楽だった。

ふと、Yさんに手紙を出したくなった。そろそろ彼女も新しい環境に慣れて落ち着いている頃だろう。いや、彼女だから既に地元の人化しているかもしれない。
引き出しから、以前購入してそのままだったポストカードを取り出し、少し考えてから元に戻した。




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ーあじさいの写真・・


思い付いて、彼女が恐らく思い出深いであろう、小学校裏のあじさいを撮りに出掛けようと思い立った。写真をポストカードにして送るのだ。我ながらグッドアイデアだと思った。
寝起きで櫛も通していない髪をさっとまとめ、どうせ誰にも会わないのだからと適当に洗った顔にBBクリームだけを薄く塗り、後はTシャツとジーパンというラフな格好で外に出た。
思った通り昼時だったので、学校までの道中誰ともすれ違うことはなかった。首から下げた一眼レフを大袈裟に思っていたので、人気のない学校裏に到着するとほっとした。

ピンクや紫、白や青、色とりどりのあじさいにレンズを向けシャッターを切る。
写したそれをプレビューで確認すると、曇り空だからか、なんとなく暗い写真ばかり。
以前ネットで調べた、曇りでも綺麗に映るという設定に切り替えてみる。今度は良い感じだ。
学校からは、給食の時間なのだろう、何とも言えない美味しそうな香りが漂って来る。そう言えば、朝残り物を少し口に放り込んだだけで、何も食べていなかったことを思い出す。
思い出した途端、急にお腹が音を立てた。

あじさいのバッグに校舎が写り込むようなスポットを探す。あちこち位置を変え、ようやく見付けた時には既に1時過ぎだった。
誰かの為に撮ることが、こんなにも夢中にさせてくれるのかと思う。Yさんなら、きっと喜んでくれる。そういう確信があるから出来ることだった。
朝寝をし、怠惰なここ数日にうんざりしていたが、写真を撮りに出掛けたことで、少しは罪悪感らしきものも消えた。
あじさいのように、日々色が変わるような出来事などないけれど、元気が出ない時程、外に出ることで救われることもあるのだなーと綺麗なものを見ながら癒されている私がいた。




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今日の写真

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■今日の写真




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手作りという贅沢

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アンケートやライター内職で稼いだ金を、久しぶりにまとめて換金してみたら、驚くことに5万円弱になっていた。
最近、気分が落ち込み過ぎてなかなか手を付けられなかったのだが、これを機にまた頑張ってみようかと思っている。
換金した理由は、子の歯科矯正で新しいマウスピースが必要だったからだ。生活費からなんとか工面したものの、やはりそれは一時しのぎのことだったので、換金した分を補充したことで一件落着。バイトも探していたのだが、既に6月も終わり子の夏休みが近づいているので秋口に再度職探しをすることになるだろう。こうしてまた機を逃してしまった。
あれこれ理由を付けて、やりたくないことを先延ばし。いつもの悪い癖だ。

今日は晴れ。しかし、こう暑いと逆に外に出てる人も少ないような気がしている。明日からは天気も悪く、雨も降りそうだ。なので、家の中に籠っていても罪悪感がないことは気持ちを楽にする。無理に買い物に出ることもないし、外から楽しそうな井戸端会議が聞こえてくることもない。
外に出なければ、良いこともない代わりに悪いことも起こらないのだ。

最近の贅沢と言えば、ゆっくり水出しアイスティーを作ること。
備蓄用に買っている水のペットボトルの賞味期限が切れるので、それを使っていない麦茶ポットに入れ替え、紅茶の葉をスプーン数杯入れて8時間程放置する。普段、水道水で作っているそれだが、ペットボトルの水で作るとなんとなくだが贅沢な気持ちになる。


「ママ、メロンパンって作れるの?」


子はパン好きだが、好きなパンベスト3にメロンパンが入っている。クラスメイトのママさんが、パン作りが上手らしく、焼きたてのメロンパンが美味しかったと自慢されたらしい。
私も一時は、簡単にホットケーキミックスで作るケーキなど作ったことはあるが、どうもこうもセンスがなく、そしていまいちのめり込めずに最近では作らなくなっていた。
一番の理由は、子と一緒にゆっくりおやつタイムを取ることが出来なくなったからだ。園にいた頃は、のんびりテレビや絵本を読みながら、親子水入らずの時間があったというのに。


「難しそうだね。食べたいの?今度パン屋さんで買って来ようか?」


「パン屋のは冷たくなってるし、焼きたてじゃないでしょう?焼きたてのメロンパンって外がサクサクで中がふわっとして湯気が出て、本当に美味しいんだって!!」


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最近、やる気が全く起きなかった私だが、しかし子のこうした我儘を聞くことは、今家にいる私だから出来ることのように思えた。暇なのだ。時間を持て余しているのだ。手作りのおやつーそれは、どんなに高級で美味な菓子よりも、母の味として子の記憶に残るに違いない。
ネットで色々と検索し、一番簡単そうなメロンパンレシピをピックアップ。子にクッキー生地は手伝って貰いつつ、なんとか出来上がったそれはお世辞にも売り物のそれとは掛け離れた不細工な物だった。


「いい匂い~」


メロンシロップを輸入雑貨店で購入したのだが、正直材料費を考えたら普通にメロンパンを買った方が安いのでは・・と頭の中の電卓がパチパチと音を鳴らす。しかし、子の要望を叶えることが出来る、そんな環境に自分が置かれていることが、プライスレスなのだと考え直した。

焼きたてのそれを、子と一緒に頬張る。


「うわー!美味しいよ!美味しいよ、ママ!!」


「うん!形は悪いけど・・美味しい!凄い!メロンパンって家で作れちゃうんだね!」


キッチンはぐちゃぐちゃ、メロンパンのクッキー生地はボロボロこぼれてリビングは後で掃除しなくてはならない有様だったが、時間を掛けて作ったアイスティーのお供にするには、充分過ぎるくらいに贅沢な物だった。

何より、今朝の朝食で和食専門の夫が、余ったそれを見て口に放り込んだのだ。美味しいとは言わなかったものの、しかし残さず全て平らげた、それだけで満たされた気分になれたのだ。




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今日の写真

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今日の料理

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今日の料理




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子供の世界

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子は習い事のない日の放課後は、毎日のようにみこちゃんと遊び回っている。
最近では、みこちゃんの仲良しのクラスメイトも混じっているようで、3年生になってから親が働いていてもかぎっ子で学童に入っていなかったりする子供達が多く、子が遊んでいる友達もその殆どがそういった種の子ばかり。
疲れて帰宅すると、宿題をするのが一杯で、もう他のことに頭が回らなくなる。最近返却されたテストの点数も正直いまいち。


「ただいまー!」


「遊びに行ってくるー!」


息を付く間もなく、早々に水筒に麦茶を注いで外に出ようとする子に、言いようのない感情が湧く。
そして、自分が同じく子供の頃、母に叱られていたことを思い出す。あの頃は、勉強をせずに遊んでばかりの娘に対して苛ついていたのだと思っていたが、今自分が母と同じ立場に立って、それだけではなかったのかもしれないと思うようになった。
それは、親として幼稚な思いだが、一言で言えば寂しさだった。
子がどんどん自ら外との関わりを広げて行く一方で、母である私は置いてきぼりをくらったような、子にも見捨てられるのではないかという不安感。
乳幼児、あんなにも一人の時間が欲しかった。付きまとう子のことをうっとおしく思うこともあった。
それなのに、こうしてやっと一人の時間が出来たと思ったら、暇を持て余している。




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母は私と違って社交的だったが、それでも子供会やなんやらのいざこざで 、一時一番仲が良かった今でいうママ友と喧嘩し、それを発端に孤立した時があった。
私に遊びに行くなと口うるさくわめいていた頃とその頃が一致していたことに気付いた時、今私が子に向けている感情と同一のそれを抱いていたのではないかと思うのだ。
丸一日、誰とも会話をしなければ、どんなに健康体の人間でも精神を病んでしまうと思う。
私がなんとか保っているのは、夫に期待せずとも子が私の「誰かと会話をしたい欲求」を満たしているからだ。
しかし、この感情に支配されないようにぐっと堪える。
あくまでも、子の為を思っての説教なのだ。子を家に縛り付ける為のものではない。


「せめて、宿題を終えてから遊びに行きなさい。」


ルールを作り、それが出来れば5時まで遊んでもよいことにした。それまでは帰宅してからの宿題だったのだが、疲れた頭でそれをしても効率が悪い。


「あー、終わらないよ。もうみこちゃん達遊んでるよ。」


結局、集中出来ずに頭を掻きむしりながら宿題をする子を見ていたら、腹が立った。


ー毎日毎日学校でも会ってるのに、放課後まで会って、まるでレズじゃないの!?気持ちが悪い!!ー


心に浮かんだのは、私が昔、母から投げつけられた言葉だった。
一瞬でもそれが浮かんだ自分に、嫌悪感が湧く。子に嫉妬しているのか?気持ちが悪いのは子ではない、私自身じゃないか・・・


なりたくない実母と自分が、時を経るにつれて重なり合う。


「約束は約束だよ。それが出来たら、5時まで遊んでいいから。ほら、これ皆で食べる分のおやつも持って行っていいから。」


ファミリーパックの菓子は、子供なら誰しもが好きなチョコレートスナック。子は、それを目にして大喜び。


「え!?それ全部持ってっていいの!?皆にあげてもいいの?」


「うん、おやつは外で食べてもいいから。だからちゃんと約束は守ってね。」


「分かった!」


学校から帰宅した子と一緒に、おやつを取りながらの団欒は奪われてしまった。癒しの時間でもあったそれを、しかし私の勝手な感情で子に押し付けることは出来ない。
今、子に必要なのは、母とべったりの時間ではない。友達との関係を深めることなのだ。外との関わりをぐんと広げることなのだ。

大急ぎで宿題を終え、水筒とお菓子を手に外に飛び出して行く子を見送る。最近では、近くの公園には送迎も必要とされなくなった。
お隣から赤ちゃんの泣き声が聞こえる。それをあやす母親の声も。
渦中にいた頃は、あの泣き声から逃げ出したくなったものだけれど、今こうして一人ぽつんと家の中に佇んでいると、体全体で自分を必要だとしてくれるあの時間は、何物にも代えがたい、かけがえのないものだったことに気付くのだ。




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インスタジェニック

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ふと、暇つぶしにとあるインスタグラムを眺め始めて、それが習慣になりつつある。
最初は、美しい花の写真に魅せられた。
フラワーアレンジメントであろうか。センスの良さはピカイチで、それを仕事にしても良いのではないかと思う程。
恐らく、主婦なのだろう。子供がいるのかいないのかは謎だが、専業主婦であることはなんとなくだが分かる。
毎日の夫の弁当や、食事風景、友達との頻繁なランチ。憧れのホームパーティーや習い事。
彼女は、自分自身の顔出しもしていることから、かなりの自信家なのだろう。確かに美しくスタイルも良い。もしかしたら私が無知なだけで、知る人ぞ知る、読者モデルなのかもしれない。




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日常の、上澄み部分。
沈殿しているであろう、モヤモヤだったり黒い部分は微塵も感じさせることがないのはプロ並みだ。彼女は、隙の無い誰もが憧れるであろう美を極めたライフスタイルを切り取るのが上手い。 どこまでも完璧なライフスタイルは、逆に生活感が無い。カタログを見ている、そんな感覚を与えられる。
主婦であるのに、毎日のように出歩いている。友達も多い。日々素敵なお店で飲み食いし、しかしきちんとジムにも通い、均整の取れたプロポーションを保っている。
要するに、バランスが良いのだ。
家事はしっかりしていることをアピール。こだわりの掃除用具や手入れの行き届いたキッチン、それに毎日の食事は彩も良く、野菜や肉や魚などのバランスも栄養士並みにしっかりと考えられている。 その料理を乗せる食器も、ため息が出るくらいのセンスの良さで、まるでどこかのフレンチレストランかと見間違う程。
夫のことを愛し、愛され、週末はワインバーなどでデート。
家族のこともしっかりフォローした上で、自分の時間も大切にしているのだ。偏りがない、言い換えれば依存しない生活。
友達も、特定のべったりとした仲間を作らない。まんべんなく、多くのグループに所属している。まるで日替わり定食のような付き合いだが、タフな彼女は疲れを知らないーように見せている。


SNSの為に、出掛ける。遊ぶ。作る。買う。
その時間を楽しむ前に、まずは「写真」だ。それは、本当の意味でのリア充なのか?とも思う。
多くの「いいね」やフォローが付き、それによって承認欲求を得る。ふと、ベッドに入り眠る前に、自分の上げたインスタを眺める。美しい日常だけを切り取ったそれを眺めていると、次第に心の奥底にある悩みや負の感情は消えていくのかもしれない。
インスタは、プラス思考を作り出すツールなのだ。 誰もが憧れる、素敵な日常を送っている自分に酔いしれる時間。その時間こそが、「リアルな時間」なのかもしれない。

私は、人様に見せられるような美しい生活を送っていないので、インスタは、専ら見る専門だ。浮世離れーというか、非日常に思えるそれは、彼女らにとっては普通の日常ーと見せて、本当は「見せたい日常」なのだろうな、と思う。
「見せたくない日常」を、こうして綴る私とは、正反対の彼女達。しかし、あの中で少しずつ疲労して行く彼女達も、なんとなくだが透けて見えるような気がするのだ。


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彼女の人徳

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梅雨だが、晴れている日は真夏かと思う程の暑さ。
汗をかきながら、自転車を漕ぎ買い物へ行く途中、小さな水遊び場ー公園ではないのだが、ちょっとした噴水がある場所を通り過ぎようとした時、素敵ママが下の子と遊んでいるのが見えた。
珍しく二人きりだったので、あえて通りの向こうにあるそこへ行く為に横断歩道を渡り、立ち寄って声を掛けた。


「こんにちはー。」


「あ、こんにちは~、暑いね。」


「水遊びしてるんだね、気持ち良さそう。」


先日、挙動不審な態度を取ったこともあり、挽回したかったのだ。


「公園も遊具が暑すぎてね。支援センターも毎回だと飽きちゃって。」


「水遊びパンツ、懐かしいな。」


下の子が履いている、プリンセスがプリントされた水遊び対応のおむつは、遠い昔に子も使っていた懐かしい物だった。


「私も水着になって水浴びしたい気分。」


そう言いながらも、日焼け対策はばっちりで、つばの広い帽子にサングラス、それに長袖グローブに首元にはスカーフと完璧な美白対策姿。下の子に気付かなかったら、素敵ママだと分からなかっただろう。


「ごめーん!待った~?」


声のする方を振り返ると、見知らぬ顔。




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「ううん、適当に遊んでたから大丈夫だよ。」


だいぶ若いが、雰囲気は素敵ママと同じ様にスタイリッシュなその女性はママ友らしく、自転車を停めて赤ちゃんを降ろしてからこちらに来ようとしていた。慌てて素敵ママに挨拶をしてその場を去った。

自転車を漕ぐ後ろから、二人の笑う声が聞こえて来る。あの日の挽回も何もー彼女からしたら記憶にも残らない出来事だったに違いないと思い知る。
八百屋に行き、いつものように特売野菜をいくつか買い、再び家に戻る。
今度はあの噴水場ではない向かい側の道を通る。
通り際、ちらっと見ると人数が親子8人程に増えていた。ぱっと見、先程の女性もそうだったが、私よりだいぶ若い母親達が素敵ママを中心に、子供達を遊ばせながらたむろしている。
その様子を見て、人が集まりやすい性質ー人徳というものは、それがあればどの世代にも受け入れられるのだなと思う。
逆に、人を遠ざける私のような人間ー、つまり人徳のない人間は、どの世代の輪に入っても少し離れたところから、群れる人々を眺めているしかないのだ。




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悪ふざけ

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子の夏服を、ストレス発散にネットから購入した。
セールだったので、トップスだが1000円ちょっとのものを3枚。
子に選ばせたら、白や薄いイエローなど、夏らしいカラーのものばかり。
イライラや落ち込みが酷くなると、かつての買い物依存に陥りそうになるが、自分の物より子の物で抑えられているーしかもすぐにサイズアウトしてしまう子の物だから、きちんと買うべき理由があり、罪悪感もそれ程生まれない。

身に着ける物を新調する時。
それは私の見栄もあるのだろう、子がより多くの人目に触れる場に多いような気がする。
そしてそのうちのひとつは、父兄参観の日だった。真っ白い袖にフリルと、後ろにワンポイントの可愛らしいリボンが施されているものだった。
参観日は、夫も珍しく出席出来たので、いつものように他の母親達に注意を取られることもなかった。大半は、夫婦揃って参観していたこともあり、いつものような群れも少なく、またあったとしても男親を気にしてなのか?威圧感や騒がしさは感じられなかった。
女性特有のあの独特な雰囲気ーそれがないだけずっと子の参観に集中出来るーそう思っていた。

しかし、その日の授業は3年生になって始まったばかりの書道。墨を磨る子の後ろ姿を見ていたら、思い切りよく腕全体を動かしている。
隣の男子がふざけて思い切り力を入れて磨っているのを見て、負けじと互いにふざけ合っているようだ。


「OO、ふざけてるな。」


夫は、そんな子の様子を面白そうに目を細めながら眺めている。私は、いつ子が買ったばかりのトップスを汚してしまうのかを、はらはらしながら見守っていた。
昔からそうだ。子は、真新しい服だったり白などの汚れの目立つ服を着ている時に限って、落ちない汚れを付けるのだ。それはもう、わざとなのかと思う程に。
クスクス笑いながら、墨汁を更に足している。硯になみなみと注がれたそれは、いつ溢れてもおかしくはない。
担任は、母親大半の参観の時と違い、男親がいることで緊張しているのか?子供達に向けて授業をしているようで、実際は親の目を気にしているように見えた。なので、子供達が悪ふざけしていることに気付かないようだ。

今度はスポイトで遊び始めた。
他の子供達は、集中して黒板に書かれた見本を見ながら筆を動かし始めているというのに・・
隣の男子と顔を見合わせ、にやにや笑いながら一向に筆を取ろうとはしない。せめて廊下側か一番後ろの席ならそれとなく注意出来るのだが、あいにく子の席は一番前の真ん中だった。


ーあ!!!-


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廊下側から見ていたのだが、隣の男子がスポイトをふざけて子に向けたーその時、微量だが、明らかに子にスポイトの中の墨汁が掛かったのを目にした。


ー!!ちょっと、ちょっと、勘弁してよー


心の中で叫ぶ。首を伸ばして、子の服を見ると、黒い点々がトップスの胸辺りに出来てしまった。夫はそのことに気付いていない。そして子も掛けられたことに気付いていない。男子もだ。その親はどこにいるのか?自分の子がクラスメイトの服を汚したことに気付いているのか?
しかし、普段から学校関係の保護者と交流がない自分に、その男子の名前も親の顔を分かるはずもなく、ただイライラが募るばかりだった。折角買ったばかりの、真新しいトップスが見るも無残な状態になっていた。

参観は、週末ということもあり小1時間、また懇談会もなかった為、すぐに終わった。


「あの担任、微妙だな。」


帰り道、夫は早速、担任に難癖を付け始めた。私はそれを右から左に流しつつ、しかしトップスに付いてしまった墨汁のシミをどう落とそうか、そればかりを考えていた。






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父の日

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今年の父の日ー
いつものように、義父に夫から言われた贈り物は配送済み。お礼の電話が掛かってくるかと思っていたが、まだ掛かって来ない。
実父には、母の日同様散々悩み、そして結局スル―した。
お礼の電話のやりとりーそれが来るか来ないかを待ってしまうのもストレスだったし、そもそも私と母がこうなってしまったことに関して、相変わらず無関心を装う父に正直苛立ちが募っていた。
父は、いつでもそうなのだ。
昔から、家では存在感がなかった。全て母の言いなり。私が理不尽なことで母に叱られていても助けてくれない。勇気を振り絞って、反抗めいたことをすれば、逆に一方的に両親揃って私を責める。年々年を取るにつれて、母と言い合いになることに疲れたのだろう。彼自体、母と話し合いや喧嘩になる前に言いなりになっているのだ。本音とは裏腹にー




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ここではいつでも母との確執ばかり書いていて、父のことは書いていなかった。
それ程、私にとって父は存在感が薄いのだ。可もなく不可もない存在。父の日にプレゼントを送っても、いつでも母が代わりにお礼の電話を寄越して来ることも違和感だった。しかも、


「お父さんはね、あーいう柄着ないわよ。」


「お父さんはね、言うなって言われたけど、こういう味付け嫌いなのよ。だから結局一口も食べなかったわよ。OOが折角送ってくれたんだから一口くらい食べたらって言ったんだけどね。全くどうしようもないわよ。」


「お父さんはね、だいぶ太ったからボタン締まらなかったわ。返品出来る?申し訳ないけどこのまま貰っても勿体ないからあんたのとこで誰か要る人いたら譲ってあげたら?」


黙って受け取ってくれたらそれで良いものを、母はあれこれ難癖つけたがる。娘が選んだ父の日のプレゼントー、その気持ちをただ汲んでくれたら良いのに、母から聞くそれらの台詞は、父の私に言えない本音だったのだろうか?せめてー、それが本音だったとしても、母に言わせない威厳を娘の為に保とうとは思わなかったのか?

子から夫には、リクエストされていたマッサージ券に、夫が欲しがっていたサンダルをプレゼントした。近所を散歩する程度の物ということで、クロックスを考えていたのだが、却下。2万弱する物だが、家計から積み立てている「特別費」からの支払いだ。夕飯も、奮発して高級和牛を買い、ステーキにした。ビールにワイン、それから焼酎のボトルも父の日のプレゼントだ。
結局、3万近く使ってしまったが、夫は始終ご機嫌だった。出所は結局のところ夫の給与からなので、母の日に何もなかったことは多少不満だったが、引きずる程のものでもなかった。

引きずっているのは、本当の父ー実家との確執だった。




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今日の写真

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■今日の写真




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時事ネタ

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待ちに待った梅雨入り。
しかし、気分はどんよりと落ち込んでいる。軽い鬱症状なのかと思い、ネットで診断をしてみたら殆どチェックボックスに◎が入っていることに愕然とする。 気分がすぐれなければ、体の調子もどことなく悪い。最低限の家事を済ませて布団に再びもぐりこみ、携帯漫画の無料お試しを読みながらウトウトしているとあっという間に昼過ぎ。遅い昼食を取り、それから残りの家事をしていれば子が帰宅する時間になる。
たっぷり朝寝をしてしまった日は、夜の寝つきが悪い。
残業三昧の夫の帰宅を待つには、丁度良いのだけれど。

無理やりアクティブになろうとして、バドミントンの体験レッスンを受けてみたり、また子供会の集まりに参加したりしたことでストレスがどっと出たのだ。
「なりたい自分」と、「なれる自分」との間にどれだけ分厚い壁が立ちはだかっているのだろう。
結局、どこに行っても「私」は「ワタシ」から逃れられない。
環境が変わり、周囲の人々が変わったところで、同じような結果を辿る。
素敵ママらが通っているヨガ教室のチラシがポストに入っていた。1回分の無料チケットが入っている。そのまま読まずにゴミ箱に捨てた。




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新聞に目を通す。しかし、文字が全く頭に入って来ない。ただ字面を追うだけ。
世の中のニュース、経済、社会情勢、政治、どれもこれも興味が湧かない。いい大人なのに、結局時事ネタは新聞よりも朝昼のワイドショーで最低限仕入れている程度。
子が3年生になり、「社会」の授業が始まった。
なんとなく、ニュースを観ていてもあれこれ聞いて来るようになったものだから、正しい回答を瞬時に答えられるようになりたい。
毎回、子に時事ネタを質問されると、一旦時間を貰ってから携帯で調べ、そしてそれをそのまま伝えるという情けない母っぷりだった。

小学生になると、一気に学習内容が難しくなって来る。私は今でさえ、都道府県の全てを確実に白地図に埋められるかといったら、正直自信がない。最近夫からの抜き打ちテストはないが、夫の前で子が私にいつ何気ない質問をしてくるかと思うと、はらはらしている。


「ママに聞いてみな。」


そう言って、私が答えられないことを前提で振ってくるのは目に見えているのだ。
携帯漫画を読む時間、しっかり新聞を読むなど時間をもっと有効に使わなければー頭では分かっているものの、なかなか実行出来ないのを梅雨のせいや体調の悪さのせいにしてしまう弱さから逃れられずにいる。




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お門違い

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道路族という言葉をよく聞く。我が家は団地なのだが、エントランスを抜けた先に専用駐車所があり、その出入り口が道路。そこで最近男子小学生がスケボーをしたり鬼ごっこをしていたりして危ないと思っていた。
素敵ママの上の子、R君がその中に混じって遊んでいるのも度々見掛け、しかしなんとなく注意しづらく思い、見て見ぬふりをしていたところだった。

小学生が10人以上集まれば、調子に乗って騒ぎは大きくなり、特に集合住宅の中でその声は反響してうるさく思う住人は一定の割合でいるかと思う。
子供と縁のない老人だったり、また子供がいたとしても受験生を持つ親だったり乳幼児がいてお昼寝させたい家庭、または夜勤務で昼間は寝ていたい場合などは、子供のキイキイ声に腹が立ち、それを注意すらしない親の顔を見てみたいと思っていることかと思う。
昨日の放課後は、習い事のレッスンが始まるまでの間、少しだけ早めに行って皆と遊びたいと言うので、余裕を持って外に出た。
エントランスを出ると、やはりR君らを含む男女の小学生がわいわいしているところだった。


「あ!R君!あ!△△ちゃん!!」


たまたまその中に、クラスメイトの女子がいたこともあり、子がその群れに駆け寄る。一瞬、同じ群れだと思われたくない防衛本能が働く。


「ほら、早く行って遊ぶんでしょう?間に合わないよ!」


しかし、そんな親の心子知らずで、子はその△△ちゃんと盛り上がっている。男子らは、いつものように駐車場内を出たり入ったりで大騒ぎ。スケボーで行ったり来たりしていて、見ているこちらがはらはらする。


「ちょっと!!」


突然、後方から声が聞こえて振り返る。かなり恰幅の良い50代程の女性が、ヒステリックな声でこちらにツカツカと寄って来た。




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「猿みたいにキイキイ煩いんだよ!ここは駐車場だろう?遊ぶ場所じゃないんだ!」


子供達に向かって怒鳴り散らした後、今度は私の方に向き直る。


「おたく、子供のしつけちゃんとしてるの!?団地なんだからちゃんとルール守ってよね!公園があるだろう!?大人がしっかりしつけないから子供がこうやって調子に乗るんだ。道路を行ったり来たりされて事故でも起こされたらこっちが大迷惑なんだよ!!!親が親なら子供も子供だな!!!」


ーえ、うちの子じゃあないんですけど・・・


声にならない言葉。言い返したくても相手の権幕に押されて何も言えない。喉元で言葉は突っかかって出て来ないのだ。私が大人しい人間だと分かった途端、相手は更に権幕を起こす。


「ルールを守れないならここに住んでる資格ないんだよ!どっか広い一軒家でも買って出てってくれない!?だいたい公園があるのにわざわざ駐車場で遊ばせるってどんな神経してるんだろうね!?」


真っ赤な顔で怒りを露わにしながら、しかし言いたいことを言い放ったことで少しは済々としたのか、フン!っと鼻を鳴らすと踵を返し、元来た方へ帰って行った。
呆気にとられてしばらく呆然としていたが、


「ママ、行こう。」


子に声を掛けられ、スタジオに向かう。とぼとぼと歩きながら、段々と怒りが湧いて来た。


ーなんで私が怒られないといけないの?


ーうちの子じゃないのに、素敵ママらがなんであの場にいなかったの?


ーなんで、あの時言い返せなかったの?うちの子じゃないのだから、堂々と言い返せただろうに・・


沸々と湧く怒り、しかし今更一人で憤ったところで意味もない。あの場にいた子供達の親ー10人近くが受ける苦情を私一人が一手に引き受けてしまった不運。せめて、子が本当にその群れの中の一員だったとしたらこんなにもやり切れない気持ちにならなかったろうと思う。
しかし、全く無関係の私達が言いがかりを付けられ、更に他の子供達に対しての怒りまで引き受けなくてはならないその不条理さに心底腹が立った。
いやー、しかし一番腹立だしいのは言われっぱなしの自分自身だった。
もっと強くなりたい。こうした弱さがいつも足を引っ張って、結局は今ある環境に満足出来ずにいるのだ。




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ぽつんの集会

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子供会の顔合わせがあった。私は役員ではないけれど、お手伝いという名目で度々招集されれば参加しなくてはならない。学年ごとに集まる年もあるのだが、今年は全体で顔合わせも兼ねた集まりがあったのだ。
新たな会員でもないのに、そわそわドキドキするのは何故だろう?顔見知りも多少はいるというのに、それでもいつの間にかアウェイになっている自分を想像してしまうからだろうか?

集会所に着くと、既に玄関からざわめきが聞こえて具合が悪くなる。遅すぎもせず、だからといって早すぎもしない時間帯に到着したというのに、私の前後でこの集まりに参加すると思われる人間は見当たらなかった。だとすると、あの入り口を一人で開けて、皆の注目を浴びなくてはならない。

恐る恐るドアを開けると、長テーブルを囲むようにして10人以上の母親達が楽しそうに会話に花を咲かせている。AちゃんママやDちゃんママ、そして素敵ママ・・他にも高学年の仕切っていると思われる女性が、素敵ママと何やら話し込んでいた。
誰もこちらに目を向けようともしていなかったのと、なんとなく挨拶をしそびれたこともありバツが悪い。すごすごと端っこの席に腰を下ろす。下した途端、その場所を選んだことを酷く後悔した。
思い切って挨拶をしながら、素敵ママの隣に座れば良かった。何故なら、その真向かいは酒井さんだったから。かろうじてだが挨拶をする中だったし、一応同じ幼稚園卒という共通点も持っている。彼女とはずっと疎遠だったが、同じ棟だしこれから親しくなろうと思えばこれを機会になれたかもしれないのにー

しかし、酒井さんは私の知らない誰かと喋っている。見渡してみると、私以外で一人所在なさげにしている人などいそうもなかった。意味もなく携帯を触る。そしてまた自己嫌悪。自分で自分に壁を作っているのだ。


「こんにちはー」


「あ~、今日仕事大丈夫だった?」


続々と人が入って来るのと同時に交わされる会話。私には誰一人声を掛けてくれなかった。こんな時、自分はこの世界で誰からも必要とされていない、ちっぽけで価値のない人間なのだと落ち込むのだ。 だいたい、学年ごとにグループが出来ていた。そりゃあそうだろう。それが普通なのだ。そして、1年生の頃、その輪に入り損ねた自分はもう既に手遅れなのだ。




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去年の役員はEちゃんママ、今年もまた裏でなのか既に決定していた。私が話したこともない人ーそしてまた蚊帳の外だ。
時間になり、一通り役員から一年間の行事の流れの説明があった。その間も、ざわざわとした雑談があちこちで繰り広げられる。私はその中で、必死にメモ取りをして時間を潰した。
しかし、頭の中は空っぽだった。
酒井さんが、既にこの輪のサブ中心的存在になっていることに驚く。学年も違うので彼女の人間関係はよく知らないが、しかし周囲の母親達と軽口を叩いている様子を見ると、ご近所バス停仲間達と共に、既にこの場に馴染んでしまったようだ。

私は角に座ってしまった失敗により、右隣と前方にしか人がいないのだが、右側の人はその隣の人と熱心に習い事の話をしており、また前方の人は酒井さんグループと和気あいあいと盛り上がっていた。


ー欠席すれば良かった・・


実際、仕事などの用事で欠席している人は何人かいたようだ。

大体の集まりにおいて、大きなグループに対抗するかのようなややそれより小さめのグループがあり、そして我関せず大人の付き合いな2~3人組がいくつか出来るのを見て来た。今回も同じような雰囲気が出来上がり、ちょっとした決め事において、大きなグループが役員を差し置いてあれこれ口出しをしたところ、対抗グループのリーダー格がそれはおかしいと意見をする。気の強そうな女性は、酒井さんと先程まで親し気に話していた人物だった。明らかに、仕事の出来そうなー実際勤め人なのだろう、分厚いスケジュール帖を取り出し、向こう一年先の日程調整をしたいとまで言い出している。 さっさと話を進めたい人ー、和気あいあいと楽しくやりたい人ー、同じ子持ち主婦であってもそれぞれ置かれた環境下において、思うところは違うのだろう。

長かった会が終わっても、まだ楽しそうにその場に居座る人々に対して、私は何故そちら側にいつでも行けずにいるのだろうと思う。勤め人の数人に混じって、まるで何かしらの予定があるかのように、そそくさとその場を後にしようとしたその時、


「お疲れさまー。」


素敵ママが最後に声を掛けてくれたのが救いだった。
次の招集はいつだろう?とても、とても気が重い。




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沈む

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沈んでいる。

なんで自分はこんなにも不甲斐ないのか。
思うように振舞えないのか。

一番なりたくない、不格好な姿を毎回さらす。
憧れは憧れのまま。

みんながみんな、「個」だったら良かったのに。

人間は、なぜ他所に関心が向くのだろう?比べてしまうのだろう?焦って空回って、それでも自分を良く見せようと虚勢を張るのだろう。
あるがままの自分が嫌いだから、それを受け入れろだなんて都合よく言えるはずもなくて。
私が私でいられる場所ってどこだろう?

私を好きだと思える場所ってどこだろう?




そんな場所、どこにも存在しないのかな。 私は幼稚、いまだ10代で時が止まっているんだ。



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駆け込み寺復活

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駆け込み寺が復活した。

数年前、お気に入りに入れていたブログのことだ。
ブロガーさんは、当初私と同じくひきこもり気味、人間関係に悩み、子供も同じく一人っ子。
幼稚園に入園してからも、ランチ会のたびに寝込んだり、とにかく人間関係がうまくいかず悩んでいる様が私の境遇とリンクし、勝手に親近感を抱いていたのだ。
しかし彼女は、ガーデニングが趣味であり、たまにアップされる部屋のインテリアがとてもお洒落。
こんなにもセンスが良いのに、ママ友が出来ないこともあるんだなーと当時の私は不思議でならなかった。
実母との折り合いが悪いところも一緒、またご主人が単身赴任で家を留守にしており、家事育児を全て引き受けなくてはならない苦労、また女性関係での不信感など、とにかく頼るところがなく(厳密に言えば、姉だか妹だかには頼れたようだが)、子供に依存している点も私と似通っていたので、足繁く訪れてしまう、そんなブログだった。
しかし、しばらくぶりに訪問すると、すっかり園生活に馴染んだ彼女は私の知っている彼女ではなかった。ママ友ランチや親子ぐるみのお付き合いに奔走している様子、それを目にした私は意気消沈、仲間がいなくなってしまったという喪失感で一杯になり、そのブログから遠のいたのだ。

しかし、なんとなく久しぶりに覗いてみると、今度はご主人が単身赴任から戻り転勤。彼女ら親子も一緒に暮らすということで、引っ越すことになった。仲間が戻って来たー
引っ越しが近づくにつれて、情緒不安定な感じがブログ全体から伝わって来た。勢い余ってコメントまでしてしまった。半分は応援する気持ち、もう半分は私がいる孤独の闇に彼女を引きずり込みたい、そんな気持ち。
しかし、突然そのブログは削除されていたのだ。再び喪失感で一杯になったが、日が経つにつれ、そんなブログもあったなーという思い出に変わって行った。所詮、ブログ。生身の付き合いのそれとは違うのだ。




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あれから1年と少しー


今日、なんとなくだがそのブログの題名を検索してみたのだ。
すると、あったのだ。復活していたのだ。テンプレートなどは変わっていたが、しかし題名も庭の雰囲気も懐かしいそれで、すぐに彼女だと確信した。
半年前くらいに再開したのだろうか?
わくわくする気持ちで過去記事から辿る。
10日分程読み、そして最新記事も10日分程読んだ。


ーリア充じゃない。


ママ友ランチも、それ以前にママ友の話題など全くなく、その殆どが子供の学校での話と庭の話のみ。仕事をしている風でもなく、たまに外食とショッピングのみで、家に殆どこもっているようだ。
一つだけ異様に思えたのが、庭が以前のセンスの良さからごちゃごちゃした感じに変化していたことだ。
ブリキのおもちゃや鉢植え、外国製のプレートだとかが所狭しと飾られている。新着記事10件のうち、5件はそういった細々とした雑貨を購入したという記事で、ひとつ大体2000円前後なのだが、同じようなそれをいくつも購入している感じは正直病的にさえ思えた。ブリキのプレートで覆い尽くされた庭は、私の好きだったイングリッシュガーデン風の素敵さは、跡形もなく消えていた。


ー買い物依存?


私と違う点。それは、お金には困っていないということ。家計は彼女が握っており、カードでバンバン好きな物を変えるという環境なのだ。
しかし、いつもならそれを羨む私がいるはず。しかし、そういった妬みの感情がさらさら湧かなかったのは、やはりもう一人の自分に再会出来た嬉しさの方が勝っていたからだろう。

今夜はゆっくり彼女のブログの過去記事を読もう。大切に、大切に。
彼女のブログで一方的に共感して頷く時間。それは、唯一の心の拠り所なのだ。




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今日の料理

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今日の料理




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期待外れ

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この週末、夫はまた休めるとのことだったので、横浜に行こうと約束をしていた。
厳密に言えば、子と夫との約束だ。
夫なりに、長らく子の相手をしていなかったこと、また運動会も見れなかったことに罪悪感を抱いていだのだろう。
子が何故横浜に行きたがっていたのかというと、クラスメイトが中華街で美味しい肉まんを食べたと自慢話をしていたらしく、どうしてもそれを食べてみたくなったとのこと。
私も、家族水入らずのお出掛けにわくわくしていた。週末はいつでも、家族サービスをしている父親達を横目に、ショッピングモールや公園、またレストランなどで時間潰しをしていたからだ。
子が、どことなく寂しそうにしていたことも知っていた。


「明日は横浜だね!楽しみだなー。遊園地もあるんだって。そこにも行ってみたい!」


なかなか興奮して寝付かない子をなだめて、なんとか眠らせつつ夫の帰宅を待つ。いつも通り、0時を回った頃に玄関の鍵を回す音が聞こえた。


「はー、疲れた。」


ただいまでもなく、疲れたという第一声で夫はいつでも自宅ドアを開ける。

「おかえりなさい。OO、なかなか寝なくて。明日が楽しみみたいで寝たのが11時だったの。」


風呂場へ行くまでのわずかな夫婦のコミュニケーションタイム。風呂から出たら、すぐに寝室に引き上げてしまう夫とは、この時間はとても貴重。




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「あ、悪い。明日無理だわ。」


「え!?」


「何?」


ー仕事なんだよ、文句あるのか?-


心の声が聞こえた気がして、それ以上踏み込めずにただ受け入れるしかなかった。
私のリアクションに不満を持ったかのような、不機嫌な横顔。その横顔を見たら、何も言えない。夫だって、楽しみにしていたのかもしれない。
その楽しみを仕事に邪魔されて、少々苛ついているだけなのだ。
夫も私達と同じく残念に思っているーそう思うことで自分の気持ちを保とうとする。


「どうせ、俺がいてもいなくても変わらないだろう?」


投げやりな台詞。


「そんなことない!OO、パパと横浜行くって楽しみにしてたんだよ。」


しかし夫は、私の言葉に対して何を言うわけでもなく、そのまま風呂場へ消えて行った。
さて、子にどう伝えよう。
子の心底がっかりした顔を思い浮かべるだけでどんよりする。こういう役回りは、いつでも母親の私がしなくてはならないのにも府が落ちなかった。




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挙動不審な挨拶

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こんなに気が小さい私でも、ある時は必要以上に自分を大きく見せようとする時がある。そうして、その振舞いが相手に違和感を与えることが多々あるような気がする。

団地に住む以上、人の出入りは多いのだから、頻繁に色々な人々とすれ違う。昔の団地のように、誰しもが密接な付き合いを望んでいる訳ではないので、すぐ隣の棟の住人とすれ違ったところで挨拶などなかったりもする。ここに越して来たばかりの時は、取り合えず会釈はしていたが、その殆どはスル―されることが多かった。しかし、同じ頃幼稚園では「顔も名前も知っているのにスル―」されていたことから、それくらいの出来事は屁でもなかった。今現在も、相手に気付かれるかどうか微妙な線の会釈はなるべく欠かさない。

その日の買い物帰りも、自転車置き場から自宅に戻るまでの道すがら、2~3人の人々とすれ違った。ポスティング業者にまで会釈をする。しかし、何か悪いことでもしていたかのようにささっとその場を去る女性は、まるで挙動不審者そのもの。マスクに帽子、日焼け対策なのかもしれないがサングラス。その恰好もかなり怪しかった。
若干もやもやしながらも、降りて来たエレベーター。


ーあ、素敵ママだ。


ドアが開くと同時に、


「久しぶり!」


勢いあまって声を掛けたが、すぐにその後失敗したことに気付く。昨日会ったばかりではないか・・・




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素敵ママは、一瞬怪訝な顔をしたような気がしたけれども、しかし愛想良くにっこり私に向かって微笑んでくれた。 向こうの出方を待っていたが、しかしあっさりと、


「またね~」


下の子の手を引いて去って行ってしまった。立ち話もなかった。恐らくお隣さんの自宅に招かれていたのだろう、もうすぐ上の子が帰宅する時間だから急いでいたのかもしれない。しかし、そのそっけなさにお得意のマイナス思考癖がすぐに出た。

ー昨日会ったばかりなのに、「久しぶり!」だなんて挨拶するから、変なヤツだと思われたんだ・・若年性痴ほう症かと思った?それとも、無理やりテンション上げて空回っているのが痛々しかった?

エレベーターに乗り込むと、恥ずかしさと情けなさの混じった感情が渦巻く。社交辞令のまたねの挨拶、それはどこか冷たさを帯びているような気さえした。とんだ被害妄想なのかもしれないけれど。

自宅に戻ってからも、しばらく買い物した野菜や卵などを冷蔵庫に入れる気力さえ湧かなかった。喉もだいぶ渇いていたというのに、水分すら取らずに手も洗わずソファーに倒れこみ、しばらく呆然としていた。

素敵ママには、自然体で親しみやすい私を演じたかったのだ。彼女は初めて出会った時から気さくに接してくれた人、そしてそれは今でも変わらない。そして私もあの居場所のなかった幼稚園時代に彼女の前では好きな自分でいられた。
だからーそれをずっと持続させて行きたい。スネ夫ママと最近になって仲の良い彼女。もしかしたらあることないこと私のことを聞いているかもしれない。そんな焦りも心のどこかにあったことは否めない。

挙動不審、あのポスティングの女性と同じではないか。こんなことなら、他の人たちにするように会釈だけにしておけば良かった。良く思われようと無理に背伸びし過ぎた。
必要以上に、「自分がなりたい自分」を演じた結果がこのざまだ。次に会う時は、自然体でいられますように。
重い腰を上げ、作り置きのアイスコーヒーを一気飲みすると、体中の緊張感がいくらか溶けた気がした。




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専業主婦モデルケース[追記]Kさんへ

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朝、一通りの家事を終えて買い物に出ると、お隣さんがスポーティーな恰好でエントランスに佇んでいた。平日だしご主人は会社だと思うのだが、赤ちゃんを連れていない。
軽く挨拶だけして通り過ぎようとしたら、前方から知った顔。素敵ママだ。
彼女も身軽、いつもは抱き抱えているはずの下の子の代わりに、くるくる巻いたシートのようなものを抱えている。


「おはよー、待った?ごめんごめん、あ、おはよ。」


お隣さんに挨拶をした後で、私に気付き、挨拶をしてくれた。


「おはよう。あれ?今日、下の子は?」


お隣さんだけなら、会釈だけで済んだのだが、素敵ママに会った以上、何か一言二言会話をしなくてはならない、妙な義務感に捉われ、つい質問してしまう。


「今日はね、これからヨガ行くの。一時保育に預けて来たから、夕方までフリーなんだ。」


笑いながら、お隣さんと目くばせをする。スラリとした優美な体系ー、先日の虐待かと疑う程の修羅場音など微塵も感じさせない、余裕のある表情のお隣さんに、恐ろしさを感じる。二面性ー裏の顔を素敵ママは知らない。


「じゃあ。」


連れだって歩く二人、最近出来た駅前のヨガスタジオに行くのだろう。いいご身分だなと思う。彼女達は、最近の若者が切望する専業主婦のモデルケースだ。良い汗をかいた後は、テラスでお洒落なランチにビールといったところだろうか?私はこれから激安スーパーで、一丁15円の豆腐を買いに走るというのに・・・


ー私はワタシー


言い聞かせても、すぐに隣を見てしまう。とにかく、太陽を浴びよう。欝々とした気分は、外に出ることでいくらか和らぐ。買い物帰り、激安スーパーで1缶88円の発泡酒を買って公園で飲もう。それくらいの贅沢、専業主婦にだって許されるんだと思いたかった。




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[追記]

Kさんへ

コメント、読みました。
不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。
コメントを受けての返信、させていただきますね。
ブログを立ち上げた時点で、全ての方に受け入れられるとは思っていません。
このブログが事実なのか作り話しなのか、それはどう取っていただいても構いません。
散々、そのようなコメントはいただいているので、今回Kさんからいただいたコメントに嫌な気持ちを抱いたりはしていません。
私がいち読者でも、そう思うブログは多く存在しています。ただ、ブログは個々の自由な表現の場だと思っているので、それらに腹立だしい思いを抱くことは滅多にありません。
100パーセント事実を書くことはある種のリスクを負うことになります。なので、全てが真実ではありません。多少の脚色はお許し下さい。
ただ、誰かをだますつもりはありません。
「心」をさらけ出したい思いでこのブログを綴っています。
誰にも明かしていない本音です。 心の奥でくすぶり続けている感情や思い、知られたくない心の闇や格好悪い自分を、全てさらけ出しているつもりです。
そうせずにいると、自分が壊れてしまいそうだからです。独りよがりかもしれませんが、悶々とした気持ちをここに解き放すと、いくらか冷静な自分を取り戻せる、そんな気がしています。
なので、ごめんなさい。正直、良心の呵責とかはありません。
顔や名前を出さないからこそ、本当の自分を出せるーそういう場だと思っています。
ただ、ここが心拠り所であり、読んで下さる方々のお陰でこうして続けられていることにいつも感謝しています。
もう読んでいただけていないかもしれませんが・・・Kさんが思うような心持ちで書いている訳ではないこと、ご理解願いたいと思います。

seline


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体験レッスン2

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「では、まずは準備体操をしましょう!」


インストラクターが前に立ち、ストレッチを始めた。私達はそれに倣って思い思いに体を伸ばす。私はというと、普段の運動不足がたたり、ものの数分で息切れ。体も固く、翌日は筋肉痛に悩まされるだろうと思う。
軽いストレッチを終え、ラジオ体操のようなことをやらされた。


「では、二人一組になって貰えますか~」


心臓が止まりそうになる。油断していた。そして学生時代、あの気まずかった体育の授業を思い出す。ペアを探し出すことの難しさ、素早く快諾してくれそうな相手を見付け、コンタクトを取ること。受け身でいれば必ずあぶれるー私はあの頃からそうだった。無論、積極的になったところで空回ることも多いのだが、しかし確率的には受け身でいることよりもあぶれる確率が低くなることは、この年まで生きて来た経験値が物語る。
必ずいた、受け身でいても声を掛けられる人。美人でもなく、かといって暗くもない「普通」の偉大さ。その「普通」オーラは案外、派手になることよりも難易度が高いのかもしれない。
もしくは、相思相愛の絶対的な信頼関係を持つ相手がいるという心強さ。同じ比率、温度差で思い思われる人間関係を結ぶことも、私にとっては、これから噴火しそうな富士山に登るくらいのリスクと心構え、それに忍耐を必要とするものなのだ。
心臓をバクバクさせながら、周囲を見渡す。当たり前だが、知り合い同士で参加している人々はすぐにペアが出来る。同じくあぶれていそうな人ーそして、何故すぐに気が付かなかったのだろう、先程話し掛けて来てくれた女性を探す。
しかし、彼女は既にどこかのおばさんと挨拶をし合い、ペアを組んでいた。3人組で来ていた女性のあぶれた一人が声を掛けたのかもしれない。


ー焦る、焦る、焦る。


なかなか相手を見付けられず、キョロキョロ周囲を見渡す自分が、客観的に見て恥ずかしく滑稽だった。


「えー、じゃあ、あなたとあなた、ペア組んで下さい。」


しびれを切らしたインストラクターが、私の前に、少し年上の女性を誘導し、指示を出した。情けなかった。40にもなろう大人が、自分のペアさえ見付けられないなんて。体験レッスンという一期一会の場でさえ、気楽になれない。そして、そういった焦りだったり物欲しさを常にまとっている雰囲気が、人に「イタイ」印象を与えるのだろうか。


「よろしくお願いします。」


「こちらこそ。よろしく。」


私達の他に、もう2組程ペアを組めずにいた人達も、無事インストラクターの指示によって事なきを得た。
初対面な上、無理やり組まされた相手との体操は、心底居心地が悪かった。そして、今更だがバドミントン自体が「ペア」でないと成り立たないスポーツだということに愕然とする。
そもそも、個人で行うスポーツではないのだ。しょっぱなからこんな調子で、この先大丈夫だろうか?毎回、一緒にゲームをする相手を自ら探すことになるかもしれない。柔軟で、ペアの丸い体を押しながら、言いようもない不安に苛まれた。

「では、ラケットをどうぞー。持参して来てる人は、持って来て下さい。」


私は勿論レンタルだ。バドミントンなんて、いつ以来だろう?そういえば、子ともしたことがあっただろうか?過去に何度かあったかもしれないが、記憶にないくらいにラケットを握っていなかった。
インストラクターが、ラケットの握り方から、構え方などを教えてくれた。いつになったら打たせてくれるのだろう?しかし、そんな好奇心よりも先に立つのは、次にまたペアを誰かと組めと言われたらどうしようという幼すぎる不安だった。


「いーち!にー!さーん!」

一斉に、インストラクターに続いてラケットを持ち、基本体制を教わった後は、フットワークというやつだ。フットワークには色々な種類があり、どれも私にとっては初めてのことでもたついた。学生時代、体力テストで反復横飛びをしたことを思い出す。あれも、足がもつれていつでも回数が平均以下だった。リズム感もない私には、地味だがバドミントンでは大切だと言われるこの基本的動作がどうも慣れず、そしてもう帰りたいような気分になっていた。
ラケットを握っても、一向に羽が出て来る気配がないことも、なんだか詰まらなく思えた。スポーツというやつは、どれも基礎が大事なことは分かっているが、それでもこの体験で「楽しさ」を感じられなければ入会する人数だってたかが知れているのではないか?と主催者側に意見をしたいくらいの気持ちになった。
1時間という時間はあっという間だった。結局、あの後再びペアを組まされなかったことだけが救いだった。そして、体を動かす爽快感よりも先に、その安堵感が浮かぶ自分には、この競技は向いていないことを再確認した。
体験は、体験のまま終わった。そしてまた、自由という名の孤独の海に身投げする私がいるのだ。



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体験レッスン

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バドミントンの体験レッスンの通知が来た。定員に間に合ったようで、早速参加することになった。
ドキドキしながらも、時間10分前に区の競技場に着くと、体育館へ。体育館前の下駄箱には既にいくつもの靴が埋まっていることに気後れする。


ー皆、友達同士で来ているのか?


ー同じくらいの世代なのか?


やはり、緊張しいの自分には、こうした「お初の場」は、何度経験しても場慣れすることがない。少しだけ開いている入り口を、更に開けると、だだっぴろい体育館にはいくつものネットがずらり。横一列に並んでいた。そして、体験に来ている人々は皆、壁際に荷物を置いて、それぞれ体育館履きに履き替えたり、ジャージに着替えるなどの準備をしているようだった。何人かのグループになってぺちゃくちゃお喋りをしているのは、大抵女性。男性も何人かおり、しかし単独で来ているらしく、スマホを触っていたり、またラケットの手入れをしていたりだ。
ラケットは、体験なので貸出をしてくれるのだが、自前の物があれば持参して来ても良いことになっていた。なんとなくそわそわしつつ、私と同様に一人で来ていそうな「仲間」を探す。出来れば女性で同じ世代で・・・
しかし私と同世代の女性は皆、ママ友なのかご近所仲間なのか分からないが、他の誰かと来ているようだった。
新たに何人か入って来た。
今度は男性一人、それに女性二人組、そして女性一人。
お待ちかねの「おひとりさま女性」だ。しかし、若い。私より恐らく一回りは年下のような気がする。結婚さえしていない感じ。20代らしい、華奢で可愛らしい女性だった。
内心がっかりしていると、その女性が私の隣ー、隣とはいっても1m以上離れているので微妙な距離感だが、そこに荷物を置いてから腰を下ろした。バッグの中身から水筒を取り出し、ぐいっと一気に飲み干した。その一連の様子を横目で見ていたら、突然彼女がこちらに顔を向け、


「おはようございます!先生とかってまだ・・ですよね?」


急に話し掛けて来たのだ。




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その気さくな感じに驚きながらも、ショートカットがボーイッシュな可愛らしい顔立ちの彼女に魅せられ、愛想良く返す。


「そうですね、まだ・・と思います。私も今来たばかりで分からないけど。」


「バドミントン、初めてですか?」


「はい。運動不足を解消したくって。」


「この近くにお住まいですか?」


「いえ、ちょっと離れてますが、O×町です。」


「あー、そこ、両親が住んでます。」


「えっと。この近くにお住まいですか?」


「はい、ここから5分です。一人暮らしなんですよ~」


ポンポン弾む会話。彼女は接客業でもしているのだろうか?自然にすらすら次から次へと会話の素が生まれるらしかった。そして、私もその会話の波に心地良く乗り始めた時、インストラクターらしき人物が入って来た。


「はーい!今日は体験レッスンにお越しいただきありがとうございます!まず説明がありますので、着替えなどの準備が済みましたらこちらにお集まり下さい!」


大声で招集を掛けられ、一旦会話は打ち切られた。少々残念な気持ちになっている自分に気付くと、本来の自分は「話し好き」なのではないかと思う。自分で自分が良く分からないのがこんな時なのだ。




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贅沢なランチ

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「これ、なんかうまいもんでもOOと食べてきな。」


週末、夫はツーリング仲間と近場温泉に旅行。職場の慰安旅行が廃止になったことでせめてサークル間だけでも親交を深めようと、春先から続いていた激務が多少落ち着いて来た今月に企画されたらしい。
鼻歌混じりに支度をする夫に、子が掛けた言葉が響いたらしい。


「いいなー、パパばっか。美味しいもん食べて温泉入ってずるいよ!」


夫は苦笑いしながらも、やはり後ろめたい気持ちがあったのだろう。家族水入らずで過ごすたまの休日を、毎日顔を合わす同僚達と過ごすのだから。

夫から渡された金額は、3000円だった。これならちょっと良い店に入れる。そうして子と相談して決めたのがパン食べ放題の店だった。
その店はチェーン店だが、1品好きなメニューに加えて焼きたてパンが食べ放題。時間制限も特にない。以前、子がその店でランチをしたがったことがあったのだが、ふらりと入るには敷居が高過ぎてその日は見送り、そしてそれから後も行列がすごかったりなんだりで入れずにいた。

ランチメニューは、1000円~程。それに焼きたてパン食べ放題を付けて一人1500円程で夫から貰った3000円で賄えた。
子は、グラタンを1品頼み、私は一度食べてみたかった「エッグベネディクト」が乗っている3種のプレートを注文した。子にはドリンクバーも付けてやった。

焼きたてパンは、幸せな気持ちになる。夫は夫で楽しくやっているのだから後ろめたい気持ちなど皆無。そして現在金欠なのだから、少しは貯金した方がーと思ったのだが、恐らく夫は後日子に何を食べたかチェックを入れるはずなので、無駄な小細工をすることは辞めた。
金を余らせたところで、再度余った分を徴収されたらたまったもんじゃない。




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「ママ~、美味しいね!このパンサクサクしてて熱い!」


小さなプレートに、5つもパンを乗せて来た子が笑う。私も、ついつい美味しくてメインが来るまでに6つも食べてしまったので、後から来たエッグベネディクトの感動が薄まってしまった程だ。
バイキングなど、いくら食べてもOKな場ではつい貧乏症になってしまって、腹がふくれても気分が悪くなるまで食べてしまう。
結果、13個もパンを平らげていた。最後のひとつは、正直あまり美味しいと思えなかった。
それでも、子と二人での休日贅沢ランチは幸せな気分にさせてくれた。旅先から帰宅した夫に対しても、いくらか優しくなれそうな気がした。




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今日の写真

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■今日の写真




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リア充への一歩

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バドミンドンの体験レッスンへ行こうかどうしようか迷いながらも、まだ決められないでいた。今を変えるには、自分から動かなくてはー 新規の立ち上げなので、途中参加するのとは違い、皆初めましての状態だ。年齢制限も特に決められている訳ではないし、男女混合なので、ママ社会のような女性特有の陰鬱さは恐らくないだろうと踏んでいる。


ーこれは、またとないチャンスだ。


私の運命が暗転したのは、引っ越しをしてからだ。あの幼稚園に途中入園してから人間関係で躓いて現在に至る。勿論、学生時代~社会人時代でも、人間関係において色々嫌な思いをしたことはあったけれど、それでもここまで自分が「コミュ障」だと自覚せざるを得ない状況になったのは、やはりこの地に来てからなのだ。しかし、このままこの地にあと何年住むか分からないにしても、居心地の良い空間を一つでも二つでも作っておくことは自分の為。子に依存し過ぎない為にも。精神的に自立する為にも。




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ドキドキしながら、体験レッスンの申し込み用紙に必要事項を記入し、ポストに投函した。後は、受け入れOKなら通知が来るはず。前向きに前向きに。ポジティブに拍車が掛かると、次は求人サイトをあれこれ検索し始める自分がいた。あのラーメン屋で嫌な思いをしてから、働くことへの意欲が低下しつつあったのだが、それではいけない。
姿勢を正し、短期募集のバイトにチェックを付ける。贅沢は言わない。再度、前向きに前向きにと呪文のように繰り返す。
どうせならー、仕事も習い事も同時にこなしてやろうじゃないか。これこそ私が本来求めている「リア充」というヤツだ。人間関係を恐れて引きこもっていては何も始まらない。あれこれ悩むのは、ことが始まってからでも良いじゃないか。

運動会で、子が爽快にゴールテープを切ったあの瞬間が目に浮かぶと、それに後押しされるように、私もスタートラインに立とうと決意するのだった。




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切ない童謡

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暑くなってきたこの頃、窓を開け放していると、外から聞こえる音に敏感になりつつある。特に、お隣からのママ友らを呼んでの大勢ランチ会。大人の高笑いに続いて、子供達の奇声。
窓を閉めたら済む話だが、しかしまだエアコンを付ける気はないので、孤独感を感じるからといって、窓全てを閉め切り暑さを我慢するのも馬鹿げている。ラジオやテレビのボリュームを大きくして気を紛らわせるよりほかはない。

昨日の夕方、私は夕飯の支度をし、子は宿題をしている時だった。


「ママ、外から誰かが怒ってる声が聞こえる。女の人かな。」


子が音のせいで勉強に集中出来ないようなので、窓を閉めようとバルコニーに近づくと、耳につんざく様な金切り声がお隣から聞こえて来たのだ。


「いい加減にしなよ!!!ふっざけんな!!あっち行け!!!」


「ママーママー」


「お前のせいで何も出来ないんだよ!!!だーかーらー!!本当うざいんだけど!」


「ぎゃぁぁーー!!」




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まさかと思ったが、声の正体はあの上品な雰囲気のお隣の奥さん。いや、団地内だしどこかの部屋の音があちこちの壁に反響して、隣から聞こえて来るように思えるのかもしれない。
それに、あの人がこんな口調でまだ小さな赤ちゃんに向かって怒鳴るなんて、まるで想像出来なかった。


ーガシャーン!!


何かが割れたような音がした。通報レベル?しかし、本当に声の主がお隣なのかは定かではないし、ただ怒鳴っているだけで通報というのも躊躇してしまう。
虐待をしているという確証があれば、私が通報したのだとばれたとしても、恐らく勇気を持ってするだろう。しかし、そうではなかった場合ーもし彼女が育児に煮詰まり、私が掛けた通報の電話によって更に追い詰められて、最悪な事態を招いたら・・・
マイナス思考の私は、すぐに「最悪なケース」を想像してしまう。


ーあと、10分してもまだ赤ちゃんが泣き止まなかったら、そうしたら・・


ドキドキしながら隣の様子を伺う。しかし、5分も経たないうちに、今度は泣き声が聞こえて来た。赤ちゃんではない、大人の女性の泣き声だった。


「ごめんね~、怖かったよね、ごめんね~・・・」


かすかに、そんな台詞が泣き声に混じって聞こえた。それまで大きな絶叫で泣きわめいていた赤ちゃんも、落ち着きを取り戻したようだ。10分を待たずとも、今度は歌声が聞こえて来た。何かの童謡だろうか?しかし、どこか物悲しいメロディだった。よくよく聴いてみると、 その歌は、「大きな古時計」だった。




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運動会

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先週末は運動会だった。
今年、夫は仕事で来られず、子の競技を観るのは楽しみだったが、お昼のことを思うと気分は憂鬱だった。こんな時に思う。兄弟がいれば少しは賑やかだったかなと。

学校に着くと、あちこちで場所取り。そして、目に入れたくない光景。スネ夫ママやボスママは今年も家族ぐるみで観戦するのだろう。かなり大きなレジャーシートを特等席に敷いてご満悦だ。彼女らの夫同士も仲が良いのだろう。打ち解けた様子で話し込んでいる。
彼女らと離れたところに場所を取ろうと決め、そして私と同じくこじんまりとしたシートを敷いている家族の隣に場所取りをした。私よりも大分年配の父兄ー、地味な夫婦だったのでどことなく安心する。対して、向こう側では聞きたくもないスネ夫ママの大きな笑い声。派手な集団は、更にアメーバのように派手な人員を呼び込み、その輪はどんどんと大きくなって行く。素敵ママやAちゃんママらもその輪に取り込まれていく様が見えた。図書ボランティアで仲良くなったのだろう。
まいこちゃんママらも見えた。そして目が合ったーしかし、今回は私の方が耐え切れずに先に目を反らしてしまった。どうせ無視されるのだろうという気持ちよりも大きかったのは、ぽつんと一人佇んでいる自分を見られた恥ずかしさの方だ。


ー場所取りだから。ここに居座る訳じゃないし。一人だから身軽に子のことを追って、写真撮影だけに没頭しよう。


子の競技は、徒競走と玉入れ、それに創作ダンス。ビデオも片手にスタンバイ。子が競技中でない時は、応援席の方へ行き、必死で友達を応援している子の姿をカメラに収めた。
創作ダンスでは、子の身長が真ん中ということもあり、アングルも悪く、なかなか子の踊っている様子を見ることが出来ずにいた。父兄が場所取りをしている箇所とは別に、写真撮影スポットというものが設けられており、子の学年になると一気にその親達がそこに集まる。勿論、大嫌いなスネ夫ママやボスママらも。我先にと一番前を陣取り、仲間達を手招きして横入りさせたりしていた。
私は、彼女らの近くにいるだけで酷く動悸と息切れがしてしまい、観戦に集中出来なくなるので、不本意だが子の競技中は少し離れた観覧席から観るよりほかなかった。なので、写真も思うように撮れなかった。

徒競走も同じく、ゴールテープのすぐ横が写真スポットなのだが、その場にどうしても近づけなかった。真ん中付近の来賓席テント裏から眺めるしかない自分が情けなく、子に対して申し訳なく不甲斐ない気持ちで一杯になった。


ー駄目なママでごめんね。


スタートラインに、子の姿が見え、同じくスタートラインに並んだ顔に驚く。スネ夫ママの息子、K君だったからだ。他にも見たような顔があったのだが、しかし私の中ではもう子とK君との一騎打ちにしか見えず、そしてどうせ負けるのだー、その時のアイツの勝ち誇った顔を思うとやり切れない気持ちになる。


「位置についてーヨーイ!」




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スタートの笛が鳴り、一斉に子供達が駆け出した。
子は内寄りのコースだったので、出だしは遅かったが、それでも真ん中らへんをキープしていた。手に汗を握りながらビデオカメラを回す。カーブに差し掛かったところでシャッターを切る。ファインダーから覗いたその光景は、信じられないものだった。
それは、一瞬のような永遠のようなー何枚ものパネルを合わせたような時の流れだった。子は、一位を取ったのだ。あんなに走るのが不得意だと言っていた子だったので、正直全く期待はしていなかったし、ビリでなければ御の字だったのが本音。それが、男子生徒を差し置いての一位ー、いや、K君を差し置いてと言った方が良いだろう。
遠くで上気した頬をほころばせながら、子が上級生に誘導されて1位の旗の前に座る。K君は2位。
信じられなかった。怖くてスネ夫ママの方を見れなかった。そして、本当は大きな声で万歳をして子に駆け寄り、頭を撫でて抱き締めたい気持ちで一杯なのに、それが出来ないことがもどかしく、誰かとこの喜びを分かち合うことも出来ないその時をうまく消化出来ないのも癪で、だからその時の想いを空に向かって解き放した。青々とした空に向かってもう一度シャッターを切る。


ー頑張ったね、ママも、頑張らないとだね。


それから、欝々としていた気持ちもいくらか切り替わり、昼休憩になり子を迎えに行き、二人きりで弁当を食べた。しんみりしないよう、とにかく明るく振舞った。いや、実際嬉しい気持ちが大きくて、子を褒め倒し、子は照れながらも満更ではない感じで嬉しそうに微笑みながら、大好物の唐揚げを口に放り込む。


「練習ではね、3位だったんだよ。でもね、中休みの時に走る練習してたの。」


子は、私の知らないところで努力をしていたのだ。そして、その努力を結果に繋げた。誰に言われた訳でもない、自分自身思うことがあってのことなのだろう。自発的に努力した、子の成長をこの目で見られたことが心底嬉しく、改めて母親をやっていて良かったと思えた。


ー私も、頑張らないと。先ずはー


午後になり、玉入れ。
相変わらず、写真スポットはスネ夫ママらが幅を利かせている。しかしー、あの場に私がいてはいけない理由などないのだ。自分で自分の行動範囲を狭くしている。子が、こんな母親の姿を知ったらどう思うだろう?子に恥じない自分になりたい。
相変わらず、心臓はドキドキしていたが、勇気を出して写真スポットに足を踏み入れた。アイツの視線を何となく感じた気がしたけれども、そんなことはどうでもいい。
子が大きくジャンプして、玉を投げ入れる。その瞬間をカメラに収められた時、小さな私の努力が認められた気がした。




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