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勘違い

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私信になります。

前記事について、ご指摘ありがとうございました。
勘違いして、「トリック&トリート」としてましたが、「トリックorトリート」ですね。
一人っ子ママさんの解釈が素敵だったので、表題はそのままにさせていただきました。

いつもありがとうございます。
取り急ぎ、お礼まで。
seline




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トリック&トリート!

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ハロウィンパーティーは、結局7人の子供達が我が家にやって来た。放課後メンバーにプラスして初対面の子供もいた。
子も、大して仲良くないのだろうか?つかず離れずの様子だった。プラスの子供達は放課後メンバーの中で、いつも中心にいる女の子の友達だそうだ。
子供達は、オレンジ色のとんがり帽子やステッキ、ドレスやかぼちゃモチーフの衣装に身を包み、見ていて微笑ましかった。


「トリックorトリート!」


元気な声に、袋詰めの菓子をそれぞれへ渡す。子供達は大喜び。そして、全く期待していなかったのだが、家に呼んだ子供達のうち半数が、人数分の袋詰め菓子を持参していたのだ。


「これ、ママが皆にって。」


それを見て、子供以上に私までも嬉しくなった。たまり場とされている我が家だが、少しは気を遣われていることに安堵した。常識的な親もいたのだ。
私の袋詰めは、飴玉やチョコ5個くらいに小包装のクッキーと煎餅一つずつだ。ちらっと他の袋詰めを見て見たら、1本100円はするだろう棒付きの高そうなチョコレートと綺麗な袋に入った飴の数々、それに可愛らしい髪飾りが入っている菓子袋が目に留まる。


「これ、××ちゃんのお母さんからのお菓子、可愛いー!」


子供達の歓声が上がる。
こういうのは、センスだなと思う。勿論、それらが入っていたラッピングも素敵だった。子供心をくすぐるような上手く説明出来ないが「立体的」なラッピング。
かぼちゃ柄のタグも、百均の袋とセットではなさそうな、別売りなのだろう、素敵な物だった。
子が貰った髪飾りは、ハロウィンを意識してなのか、オレンジと紫のリボンがモチーフになった物で、他の子供達も、やはりハロウィンカラーの可愛らしいゴムやピンで、早速子供達は髪にそれを付けて嬉しそうにしていた。


「△△ちゃんのお菓子、これだけ?」




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声のする方を見ると、確かにその子が持ってきたらしい菓子は、小さな煎餅と飴一つというもので、ラッピングも透明の小さな袋にそれが入れられ、ぐるりとマスキングテープで袋の口が締められているだけだった。 そして、文句を言っている肝心の子供達は、手ぶらだ。突っ込みたい気持ちもあり、


「そういうこと、言わないの。わざわざ持って来てくれて、ありがとうね。お母さんにもよろしく伝えてね。」


笑顔で返す。△△ちゃんは、それまでバツの悪そうな顔をしていたものの、私の笑顔を見ていくらか安堵したような表情を見せた。
そして、危惧していた、お菓子の好き嫌い。やはり、誰かが、


「これ、食べれなーい!!」


と言い出したのだが、


「じゃあ、食べれる子にあげて、交換したらいいんじゃない?」


子が、良い提案をした。こうした提案だって、私が事前にお膳立てをしていたら出なかったはず。敢えて何もしなくて良かったと思えた。

仮装した皆を並ばせて、写真を撮った。それぞれ来た子供達の名前だけ確認し、今度の学校行事で勇気を出して、彼女らの親にこの写真を見せてみようと思った。
こんなに前向きな気分になれたのは久しぶりだ。習い事の件で、欝々としていた気持ちが少しは晴れた。それは、子にはこうした笑える仲間がいるという事実を目の前にしたからなのだと思う。




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ハロウィン用菓子

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ハロウィン用に、ファミリーパックのお菓子を何袋か用意し、それらを袋に詰めていたところ、子から思い掛けない言葉を聞く。

チョコは誰々が嫌い、飴はオレンジ味なら誰々は大丈夫、ハイチュウは誰々が銀歯が取れるから駄目、グミは誰々があまり好きじゃない・・
アレルギーならともかく、何と注文の多いことか・・それらを聞き、正直うんざりした。
子がハロウィンパーティーに友達を誘ったところ、皆がそう言って来たというのだ。足元を見られているーというか舐められていると感じ、気分が悪かった。


ー嫌なら来なくていいんだよ!!


心の中、一人ごちる。声にならない言葉。


「でも、皆の意見聞いてたら、色々なお菓子あげられないよ。お煎餅だけとかになってもいい?可愛くないよ。」


小3女子のお気に入りキーワード、「カワイイ」という言葉をちらつかせたところ、思った通りの反応を子は見せた。


「可愛くないのは嫌だ!」


「それに、チョコが好きな子もいる訳でしょう?」


子は、少し考えた後で、


「じゃあ、それぞれ誰々用ってことで袋分ける?」


面倒な提案をして来た。そして、そこまで気を遣わなくてはならない立場なのかと、子の立ち位置まで心配になる。それを許せば、子供達の中での優劣までつくような気がして嫌だった。
勿論、子は軽んじられる立場だ。場所と菓子を提供してくれる親がおり、好き勝手に振舞える。そしてそれがエスカレートして行くのが果たして子の為になるかと言えば、NOだ。

結局、子の訴えは流し、用意しておいた菓子をそれぞれ同じ種類で同じ数だけ袋詰めした。文句が出れば、少しくらい怖いおばさんになって注意したっていい。
子のバックに「怖いおばさん」がいると分かれば、子が虐められることもない。頭では分かっていても、結局子供達の前に出れば、弱々しいおばさんになってしまう、そんな自分だということは百も承知だ。
しかし、実際に文句を言われたらー、そこは毅然とした態度で注意しても良いのだと思っている。昔なら当たり前だった、地域全体での子育てだと思えば、出来るような気がした。




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秋祭りの不安材料

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11月に小学校でバザーがある。
ちょっとした祭りで、屋台も色々出る。毎年、PTA主催と任意のボランティアが行っていて、またお手伝い係のようなものもあるのだが、今回私はパス。
理由は、気が乗らなかったからだ。
子が3年生ともなれば、そういった行事に毎回出席する親、対して欠席する親の二手に分かれる。私はそれまで宙ぶらりんのー、出席したりしなかったりで、またしたとしても影の薄いいるかいないか分からない存在だったのだが、周囲が楽しそうに活動している中での孤立にいよいよ耐え切れなくなったのだ。


「ママ、お祭り来る?」


子が、ふいに私に問い掛けた。悪いなーと思いつつ、


「今回は、ママお手伝いに行かないよ。」


と、伝えた。


「ママ、来て。ママと一緒に回りたい・・」


「え?友達と回らないの?」


「分からない。」


「誘ってみたら?」


「一人でいいや。」


「え?みこちゃんは?」


「クラス、違うし・・」


驚いて、じっくり話を聞いてみた。
秋祭りが近づくにつれ、段々周囲が「約束」をし始めているらしかった。主に、女の子達。
放課後メンバーは、それぞれ学校では遊ぶ相手が違うらしい。シーンによって遊ぶ友達を分けているのだ。大体皆、クラスメイトの仲良しと回るのが殆どらしく、そう言えば、子からクラスメイトの話があまり出ないことにようやく気付く。
みこちゃんも、自分のクラスの仲良し3人組で回るらしく、なので子は仲間に入れないと言う。みこちゃんと二人きりならいいのにーと。
ならば、入れて貰えばいいじゃないと言い掛けて、辞めた。私だって、出来てないことを思い出したからだ。親が出来ないことを子に無理強いさせるのも違う気がした。
子が、皆が賑わう祭りの中、一人でとぼとぼ歩く様を思い浮かべると胸がぎゅうっと苦しくなる。そして、強がりなのか「一人でいい」と言う子の心中を思えば、尚更辛い。




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「クラスメイトで、ちょっとでも話せる子、いない?」


「話せる子はいるよ。」


「頑張って、入れてって言ってみたら?」


「・・・・」


「それかー、クラスが違っても、いつも遊んでるみこちゃんなら絶対大丈夫だよ。他の子がいたとしても、きっと仲良くなれるって。」


やはり、子が一人でいる姿を想像すると、親の私の方が耐え切れずに焦ってしまい、結局は無理強いしてしまった。


「・・・いいや、一人で。」


ーそれなら、ママが一緒に回るーと口に出し掛けて、ぐっと堪えた。


ここで、私が手を差し伸べた時、果たしてそれは子の為になるのか?冷静に考えたら、答えはノーだ。何故なら、これから先、何度もこのような場に遭遇するのは目に見えているから。
その度に、私がしゃしゃり出て助けてやることなんて出来ない。そして、子もそれに甘えてしまったら、更に弱い子になってしまう。
そう思いながらも、しかし苦しい。
それは、私を見ているからかもしれなかった。しかも、一番嫌いな自分自身をー
どうにかして、子には私のような人間になって欲しくはない。細かいことを気にしない、おおらかで明るい、いつでも人が集まるようなー・・・
しかし現状は、私の願いとは裏腹に進んで行く。どうにかして、頑張って欲しい。

人懐っこい子が正解で、人見知りが不正解、な世の中。
明るい子が正解で、暗い子が不正解、な世の中。
個性を重んじながらも、心身ともに健やかな成長を願うのが親心。集団生活において、色々な子がいるのは百も承知だが、集団生活に身を置いているからこそ、その場所で生き生きと輝いて欲しいのだ。
極端な話、一人きりでも本人が満足していれば不安は無い。
しかし、やっぱり親子。子は本音では寂しいはずだ。分かり過ぎてしまうことが、また悲しい。




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防災イベント前日

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明日が憂鬱だ。
やるべきことが与えられ、「間」が無い程に忙しければ良いと思う。
人手が十分足りている中で、役割分担が無いところでの作業は、もはや仕事を取り合う椅子取りゲームのようなもの。
グループ化する人達は、それぞれ相談し合いながらの作業になるのだと思う。それはもう、楽し気に。
私のようなぽつんママは、こういった時間が苦痛だ。率先して行動を起こすだけの積極性も無い。だからといって、所属する群れも無い。
ただただ、立ち尽くす。
きちんと担当決めされていれば、こんなに思い悩むこともなかったと思う。


ドタキャンしようかー


なんて、最低なことを考える。私なんていてもいなくても同じ。というよりも、人数が有り余っているのだ。だからー一人二人休んだって、大した影響は無いように思う。
それでも、人として、母として、子供絡みの仕事をドタキャンするなんてどうかしている。働いている訳でも介護している訳でも小さな子がいる訳でも無いのに・・・

たった数時間、我慢すればいい。頭では分かっていても、動悸が止まらない。そして、戸棚にある買い置きの安ワインを空けて、現実逃避するのだ。




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裏切り行為

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「まいこちゃん達、レッスンの日、変えるんだって。」


子から突然聞かされた話だ。まいこちゃん達ーということは、千葉ママらも入っているのだろうか?どこからどこまでの線を子が言っているのかは定かではないが、いつも遊んでいるメンバーがごっそりいなくなるというのは本当らしい。
焦りの余り、もう何年ぶりになるだろう、まいこちゃんママにメールをしてしまった。
レスポンスは翌日。彼女にとって、私はそういう存在だ。


ーごめんね、ラインしか見てなくって。メール気付かなかった。そうそう、この曜日に他の習い事入れることになっちゃって。どうしても都合付かなくなっちゃったんだ。OOちゃんと別れるのは寂しいってまいこも言ってるんだけどね、ごめんね~


言い訳の前置きの後、何故だかじめっと感じる雰囲気の言葉の羅列。子が、何かしたのだろうか?以前、Dちゃんらとまいこちゃんが揉めてレッスン日を変更したと聞いたことを思い出した。
それにしてもー、一言あっても良いじゃないか?子は、仲間じゃなかったの?母である私のことなどどうでもいいー
突然、それまで楽しく過ごしていた友達を取り上げられた子が不憫で仕方が無かった。
一番はー、示し合わせたように、他の取り巻きまでも一緒に変更したことだ。社交辞令でも、一言変更の前に伝えてくれていたのなら、ここまで嫌な気分にならなかっただろうと思う。
事後報告ーいや、こちらからメールをしたから返信したまでの彼女のやり方に、どこか意地悪ささえ感じずにはいられなかった。




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子は、週に1回の習い事仲間と過ごす時間を楽しみにしていたのだ。レッスン後の、おやつ交換の時間。それを待つ間の私といえば、正直苦痛の時間でしかなかったのが本音だが、それでも子が楽しそうに仲間といるだけで心は満たされた。
勿論、放課後に遊ぶ友達は別にいるが、最近では私の見えないところで遊んでいることも心に引っかかっていた。こうして、まいこちゃんらと無邪気に遊ぶ姿ー、はしゃぐ姿を見れるのは、最近ではこの場だけだったから・・・


「DSをね、OOが持ってるからまいこちゃんも欲しいってママにお願いしたんだって。でも、駄目だったらしいよ。」


途中、話の流れで出て来たこの台詞に、もしかしたらーと思った。また、別の習い事は「塾」ではないかとも。
いずれ、受験するのならー、DSで遊んでいるような友達と絡んで欲しくないー教育ママである彼女が考えそうなことだった。
そうだったとしてもー、なんだか裏切られたようで腑に落ちない。




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孤独の報酬

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なんとか重い腰を上げて、学校に出向くことにした。
行かなければならない理由は、子が今度参加する課外活動のパス代や昼食代の徴収の為だ。
プリントには、【〇×行事の際、お持ち下さい】と記載されており、その日、どうしても都合が悪い場合は、直接職員室へとなっていた。
そもそも学校まで行く気の重さに加えて、職員室のドアを叩く勇気もない。行くとしたら休み時間なのだろうが、先生方の注目を浴びることになるのも具合が悪い。
両天秤に掛けた時、他の保護者に混じり、どさくさに紛れて渡した方がまだマシな気がしたのだ。
そうと決めても、やはり時間前になると緊張感が高まる。情けない話だが、親の私の方が「登校拒否」気味だ。しかも、毎日ある訳でもないー、ひと月に何度かある1~2時間程度の登校に四苦八苦している。
保護者で賑わう玄関口で外履きからスリッパに履き替える。黄色い声があちらこちらから聞こえて来る。


「この間はありがとうね~」


「ううん、また誘ってー!」


「OO君、熱下がった?」


「うん、もう大丈夫!病院連れてくまでもなかったよ。」


この手の会話。これだけで、この人達の親密な関係性が分かる。誰からも話し掛けられないし話し掛けることもない私は、静かにスリッパに履き替えて教室へと向かうのみだ。




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本当の戦場は、教室前の廊下。玄関口での流動性のある場とは違い、ここは人間が固定されてしまう。決まった居場所が無い私にとって、展示物などが唯一、気の休まるアイテム。 正直興味の無い、我が子以外の子供達の絵や習字などの作品を眺めることで、間を持たせるのだ。

その日の行事はちょっとした参観だった。きちんとした参観ではない為、ものの1時間弱で終了してしまう。私の目的は、担任に金を渡すことのみだった。
平日だというのに珍しく男性がいた。どの子の父親だか分からないが、私と同じ様に展示物を眺めていた。なんとなくそれだけでも孤独感が薄れた。
やっと参観が始まり、教室に入ることが許されるとほっとした。子もすぐに私に気が付いて、にっこり笑う。それだけで全てが報われる気がする。


ーやっぱり、来て良かった。


子がそわそわ後ろを気にして私の方を見ては、照れくさそうに笑うのを見ると、心からそう思えるのだった。




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「㏄」のような存在価値

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素敵ママからメール。
普段、ばったり会った時でしか交流が無い彼女から、こういったメールが来るのは珍しく、つい身構えてしまう。
件名を見て、「やっぱり」と思った。
子供会絡みの連絡だった。この間からさぼり続けている集まりー、1度さぼったらもう、2度も3度も同じだった。


「当日のスケジュール」


準備は殆ど手伝わないまま、もうこのまま逃げ切ってしまおうかと思っていたところのメールだった。
要約すると、


・タイムスケジュール
・大まかな仕事内容
・持ち物


などで、こうして伝達があることで、追い詰められる。行かなくてはーとの思いに縛られるのだ。




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ふと、アドレスに目を遣ると、私の他に2名程のアドレスがあり、そのうちの1名に「To」、私ともう一人には「㏄」メールだった。こんなどうでも良いことですら、がっくり落ち込む。
素敵ママにとって、私の存在なんて「㏄」のようなもの。”ついで”の存在なのだ。誰にとっても1番になれない。学生時代からそうだった。
仲良しはいても、グループの中では更に仲良し同士がいて、私はその中で余り物だった。人数合わせーのような。
今回、このメールが送られた人は、私のように準備の参加をして来なかったのだろう。私だけで良かったーと安堵するものの、この二人は果たして当日来るのだろうか?
来なかったとして、準備を手伝って来なかった私がのこのこ当日現れ、居場所など確保出来るはずもない。大体、第一回目の準備の際、作業はしっかりしていたというのに私の居場所などどこにも無かった。


「㏄」なんだから、行かなくてもー


しかし、唯一の話し相手である彼女に呆れられたらー


私のいないところで、どんどん周囲が仲良くなって行く、そのことで子への影響を考えればー


考えれば考える程、憂鬱な気分になる。戸棚にある半分程残っているワインを取り出す。安定剤代わりのそれなのに、なかなか酔いは回らなかった。




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中途半端な招待状

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100円ショップでハロウィングッズをあれこれ購入した。
重い腰だったが、いざやろうと店内を回れば、案外楽しい気分になる。何より、子が嬉しそうにかぼちゃ柄の紙皿やコップ、また飾りつけ用ガーランドやお菓子を入れる小袋などを物色している姿に、私まで嬉しい。
まだ誰に声を掛けた訳でもないのに、恐らく子の中で呼ぶ子は決まっているのだろうー、人数分、数えながら商品をかごに入れていた。
なんだかんだで、1000円弱掛かってしまった。これにお菓子代ー、とはいっても、大袋のクッキーやチョコレートなど、家計の負担にならない程度の物を選ぶつもりだが。

自宅に戻り、子は、色画用紙を取り出して工作を始めたーと思ったら、それはハロウィンパーティーの招待状だった。
器用に、かぼちゃ型やおばけ型の切り絵を作り、そしてキラキラ折り紙は☆型の穴あけパンチを使い、大量に作った☆をカードに乗せる。
ぱっと見、6人分。招待するのには少々多い気がしたが、それでも許容範囲内だ。実際、誘ってみたところで全員が全員来られる訳でもないだろう。

本音では、みこちゃんだけが来てくれて、以前のようなささやかでも気の置けないパーティーがしたいなと思ったが、それはそっと心に仕舞う。


「仮装・・どうしようかな。」




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子は、以前購入したプリンセスドレスを持っているが、皆の前でそれを着るのは恥ずかしいと言った。実際、もうサイズアウトして着られなくなっているかもしれない。それ程、この1年で子の身長はぐっと伸びたのだ。


「ハロウィンといったら、仮装だよね・・」


「持ってない子もいるだろうし・・簡単な仮装でいいんじゃないの?百均の帽子とか杖くらいで。」


実際、そういったパーティーに参加したことが無いので、何が正解なのか分からない。ばっちり仮装するのかしないのか、ドレスコードを決めるのは主催者側だ。


「それは、皆に聞いてからにしたら?」


ついつい口出しをしてしまう。
結局、日時と場所も皆に聞いてからにするということで、中途半端な招待状になってしまったようだった。




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対人運ゼロ

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来週も、学校行事がある。既に胃が痛い。
買い物ついで~仕事ついで~にふらっと寄るくらいの心意気が欲しいところだが、もう数日前からそのことを思うと具合が悪い。
また、朝寝の癖も付いている最近。
子と夫を送り出し、最低限の家事を済ませたら、9時~11時頃まで寝入ってしまう。こんな生活をしていたら、そりゃあ配偶者控除の廃止に抗議することなど出来る訳も無い。
自堕落な生活は、いよいよ私をネガティブの渦に引き込んで行く。
11時に起きると、バタバタと本格的に動く。とはいっても、ちょっとした片付けなどで、やってもやらなくても家族は誰も気が付かない程度のもの。
そして、納豆ご飯やお茶漬け、カップ焼きそばなどの昼食を取り、12時半頃~買い物に出る。免許の無い私は、自転車を使うしかない。なので、幼稚園などの送迎時間とかぶらないように午後一番に外に出るのだ。





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昼食時の団地は静まり返っている。午前の井戸端会議も一旦区切りを付け、皆家の中で諸々家事をこなしているのだろう。午後の井戸端に向けて、夕飯の支度までしないとならないのかもしれなかった。
2時前に帰宅すれば、私と同じ年頃の主婦と会わずに済む。それが過ぎれば、下の子の送迎だとか、また買い物、習い事の送迎などで居合わす母親達の黄色い声が耳に入る。

ひとりぼっち。
人付き合いが苦手でも、不器用なりに頑張って来たつもりだ。それでも、現状は変わらない。
何故、私の周りには人が集まらないのだろう?いや、集まらなくても構わない、たった一人でもいい。信頼が置ける誰か一人ー
そんな一人さえ、私に寄っては来てくれない。私の方から寄ったところで、今度は運が私を突き放す。Yさんが引っ越してしまった時、習い事でスネ夫ママが割り込んで来た時、もう生まれ持ったものなのだと思った。
「対人運」が圧倒的に無いのだ。
血の繋がった親とも上手く行かないのだ、指輪を交わした夫とも。こんなにも近い距離の人間と心が通わないのだから、私自身に問題があるのだと思う。

それを認識すればする程、人との少しの関わりでさえ億劫になる。怖くなる。




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図々しい子、利用される子、調子の良い子

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気分が沈んでいたこともあり、最近は放課後の子供達の出入りを禁止している。
そうなったら外で遊ぶようになるのだと単純に思っていたのだが、最近、子が放課後仲間と外で遊んでいる様子も見ない。
一体どうしたというのだ?不思議に思い、聞いてみる。


「別に、皆は遊んでいるみたいだけど。」


「一緒に行かないの?」


「誘われてないし。」


「・・・・」


どこか、すねたような物言いの子。


「じゃあ、遊ぼうって自分から誘ったら?」


「だって、うちは駄目なんでしょう?誘ったら、皆、うちに来たいって言うもん。」


言いようのない怒りが湧く。
これまで我が家で遊んでいたのも、子と遊びたいからではなくて、単にお菓子やジュースが出て来る屋根のついた憩いの場を得られるからーということか?
薄々感じていたことだったが、しかしこうもあからさまだと苛々した。そして、子の弱気な姿に自分を見ているようで、それもまたもどかしい。


「みこちゃんだけ呼べば?」


「みこちゃんは、××ちゃん家で遊んでるよ。」




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聞けば、その日は××ちゃん宅でハロウィンパーティーらしい。××ちゃんも、放課後遊びメンバーの一人。しかし、母親はフルタイムではなく週に何日かのパートらしいことは子から聞いて知っていた。 恐らく、母親が休みの日にそういったイベントを開催したのだろう。
そして、毎度子の家に押し掛けておいて、そういったイベントに誘わない××ちゃんにも腹立だしい気分だったし、また、誘われたみこちゃんさえもが調子の良い子に思えてしまう。


「ねえ、うちでハロウィンしたら駄目?」


「・・・・」


いいよ、と言うしか無かった。
しかし、何だか損したような、利用されたような気分になる。子がそういう思いを抱いていない歯痒さに救われる気持ち半分、悔しい気持ち半分。
喉元まで出掛かった、「利用されてると思わない?」の台詞。


「いいよ、呼びたいだけ、呼びなさい。」


ネガティブな気持ちに蓋をして、肝っ玉母さんを演じることに徹すると決めたのだ。子が楽しめればそれでいいじゃないか。いつか、子も私が抱いているようなマイナスの感情を持つ日が来るかもしれない。その時はその時だ。それだって、ひとつの成長なのだ。 腹を括ると、その日は外出しないと決めたのだが、善は急げー子と共に、オレンジ色に覆われた100円ショップに向かうことになった。




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損した気分

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先月入った内職代を銀行から降ろして来た。5万に満たなかったが、端数はいつものように余剰金として好きに使うことにしている。
早速、端数の7731円を手に、ケーキ屋へ向かった。
端数のまた端数を使おうと、731円で収まるよう、ショーケースの中を物色する。そこで、店内のポップ広告にある「100円引き」に目が留まった。
シュークリームなど対象商品5つ以上買えば100円引きになるというものだ。ケーキは止めて、それらの生菓子を買うことにした。
いちご味やチョコレートなど色々あって迷う。
子が好きなチョコレート味をメインに5つ、かごに入れてレジへ。


「いらっしゃいませー」


気の良さそうな店員が、笑顔で声を掛ける。
そこで、一人の男性が店に入って来た。強面の、スイーツが似つかわしくない男性だった。


「これ、貰うよ。」


早速、試食用の菓子に手を伸ばす。店員は愛想笑いをし、すぐにレジに顔を向き直した。


「あのさー!この3000円のって税込み?」


突然、馬鹿でかい声を男性が店員に向かって上げた。


「あ、いえ、税抜きです。」


「じゃあさ、いくらになるの?」


「えっと・・」


レジを打つ手を止め、困惑した表情でそれに答えようとするが、しかし威圧的なその客の態度で8パーセントの計算がなかなか出来ずにいるようだった。


「いくら!?」


更に威圧的な態度の男性。私までドギマギする。レジから見える、ガラス越しの厨房内にいるパティシエ達は、こちらの不穏な空気に全く気が付いていないようだった。


「すみません、こちらのお客様が先ですので・・」


火に油を注ぐかのような応対で、更に男性は苛つきを隠さず話し掛けて来る。


「3000円以内で、適当でもいいよ!菓子折り作ってくれない?税込みで!!」


「分かりました、少々お待ち下さい・・」


「早くね!!」


真っ赤な顔でレジを叩くその女性に同情したくなるが、私も気が小さいので助け船を出すことすら出来ずにいた。


「702円になります・・」


ーえ?




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予想以上の金額に驚く。100円引きされてない!?
対象商品5つ以上で100円引きだからー私の計算では600円ちょっとになるはずなのに・・もう一度、ポップを見ると、私が選んだ商品のうちの一つだけが対象外の商品だったのだ。 なので、その生菓子を対象商品のそれと引き換えればかなり安くなる。
このままでは損だ。だって、商品は全く同じで味がいちごかバニラの違いなのだ。選んだいちご味のそれをバニラにすれば、100円引きだ。そもそも100円引きになるからこの生菓子を選んだのに・・・ しかし、商品を全て箱に入れ、会計を待つだけの店員に、商品の交換を申し出ることなど出来そうもなかった。
強面の男性客が待っていることもプレッシャーだ。矛先が自分に向くことも怖かった。
もやもやしながらも、丁度ぴったりの金額を払い、店を出た。

たった100円、されど100円。定価150円の牛乳が50円で売っていたら、自転車を飛ばして朝一でスーパーに出向く。その労力を思うと、いよいよ損した気分になる。
もし私が店員だったら、お節介かもしれないが、バニラにすれば100円引きになりますがーと一言確認するだろう。いやー、そもそもあの威圧的な男性があれこれ声を掛けて来たせいで、彼女もそんな配慮をする余裕が無かったに違いない。

しばらくは、そんなもやもやを引きずっていたが、子が帰宅し、久しぶりに友達が遊びに来なかったので、一緒におやつをしたことで気分は晴れた。甘いふわふわのそれを頬張っていたら、損した気分もふわふわどこかへ飛んで行った。




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ひな壇のハードル

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お昼のバラエティを観ていて思ったこと。
著名芸能人が連なっている、その番組。しかし、秀でる人らの中で更に秀でることの難しさ。
そこで、自分の個性をビシっと出せるか否か。
他番組では、水を得た魚のようにキラキラ輝いて、言いたいことを言えるーそんな女性タレントがいたのだけれど、その番組中で彼女は一言も言葉を発しなかった。
いや、実際は発したのかもしれなくて、単にオンエアされなかっただけなのかもしれないけれど、どこか居心地悪そうにして見えたのは、気のせいではなかったと思う。
そして、そんな彼女に親しみを覚えた。

ひな壇で、常時、後方段に腰を降ろしているのに、ここぞと言う時にキラリとした発言をする芸人がいる。
普段は無口だ。自ら手を挙げることもしない。ガヤと呼ばれる芸人達の発言を、生暖かい目で眺めている。まるで、高みの見物だ。
しかし、MCに振られた時、どっと場を沸かせるのだ。そして、MCもそのことを良く知っている。

なので、ここぞと言う時は、大抵彼に話を振るのだ。
一目置かれる存在ーという部類に入るには、どんなにふざけた芸人であっても、ユーモアの中に核心を突く一言があるように思う。だから、周囲は彼の放つ言葉に魅了されるのだ。

芸能人というだけで、私の住む世界とは掛け離れたー一握りの選ばれた、才能のある人間の集団世界と思いがちだけれど、その中でもこの世界と同じ、光があれば、影がある。 皆、与えられた環境にいる訳では無い。自ら選んだ環境の中で頑張るしかないのだ。




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秋色の封筒

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いつものように、団地にターゲットを絞ったかのような分譲マンションのチラシ達に混ざり、ポストに綺麗な秋色の封筒が入っていた。
驚くことに、私宛だ。裏をめくると、なんとYさんからだった。
心臓が飛び出す感覚は何度も経験しているが、嬉しさによるものはいつ以来だろうー、久しぶりだった。

家に入り、一旦テーブルにそれを置く。そのまま開けて読みたい衝動に駆られたが、しかしキチンと手を洗って清めてからにしたい程、彼女からの手紙は崇高な物だった。
勿論、手でびりびり封を開けるなんてことはしない。レターカッターなど洒落た物はないが、子が普段使っている工作用のハサミを使い、丁寧に開封した。
お久しぶりです、の出だしから、彼女らしい生き生きとした文字で書かれた便せんは2枚ー白紙の1枚と合わせてだった。葉書でも足りるだろうそれだったが、内容が内容なだけに、手紙にしたのだろう。




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Yさんは、入院していたのだ。
その事実を知り、途端に不安が過ったが、しかし手術は成功して退院ー今は自宅に戻っていることを知り、再び安堵する。
彼女から長らく返事が無かった訳も、ようやく明らかになり、心も軽くなった。


ーそうだ、何か元気になれるものを贈ろう。


私の知らないところで、戦っていたYさん。文面からは、相変わらず前向きで明るい彼女しか伝わらなかったが、人知れず苦しんでいた時間があったのも事実だろう。
お疲れさまと、今後も無理せずにの気持ちを込めて、何か贈りたい。
早速、ネットで色々と物色する。
誰かを思って行う検索は、時間の感覚を無くして、あっという間に正午を迎えた。




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今日の写真

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■今日の写真




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今日の料理

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今日の料理




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慣れない送迎

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ダンス教室の送迎も、もう何年目か・・幼稚園時代もそうだったが、いまだにこの雰囲気に慣れることが出来ず、適応能力の無さ過ぎる自分にげんなりする。
時間ギリギリに迎えに行くことで、誰とも関わらずさっと帰宅することがおかしくないよう、あえて計算済みの頃に教室に辿り着くようにしているが、それでも心臓はドキドキしている。

遠目でも分かるくらい、まいこちゃんママらの群れは何かの話題で盛り上がっているようだった。
すっかり練習を終えた子は、既にテーブル席で友達とお菓子交換をしていた。
夏休み明けに皆に渡したご当地キティーのペンも、子供達はそれからダンス教室の度に持って来てくれているらしく、子の居場所がそうやって確保されていることが嬉しく思う。
15分程は、そうやって子供達の様子を見ることで気を紛らわしていたが、しかし周囲に残る母親達の殆どが楽しそうに雑談しているのを横目で見ていると、次第に居た堪れなくなり、


「さ、帰るよ。」


子の元へ行き、声を掛けた。


「えー、嫌だ、もう少し。」




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「夕飯の支度もしないと。宿題だってしてないでしょう?」


「一人で帰れるから。ママ先帰っていいよ。」


この言葉に少々カチンと来る。それではいちいち迎えに来た意味が無いではないか。


「DS、やっていいから。」


しかし、弱い私はゲームで子を釣るしかなかった。その台詞で子はすんなり帰り支度を始めた。それくらい、最近では毎日ゲームにはまっており、時間を決めてはいるものの心配になる。


「えー!OOちゃん、DS持ってるの?」


まいこちゃんが驚いた様子で聞く。子は自慢気に頷く。この習い事は、まいこちゃんを含む教育熱心な親を持つ子供達が多く通っていることもあり、たまごっちくらいなら皆持っているが、DSのようなゲーム機器となるとその所持数はぐんと減る。
ゲームが子に与える影響を、酷く恐れている親達。習い事や将来の投資の為の金には糸目は付けないが、子に悪影響を与えそうな物には敏感で、その一つにゲームがあるのだ。


「いいな、いいなー。」


まいこちゃんが心底羨ましそうにしていたので、


「今度、貸してあげれば?」


と、子に促した。珍しく、後先考えずに口から出た言葉だったが、軽はずみだったと思う。先日、まいこちゃんとDちゃんとのDSトラブルの一件を聞いたことを思い出し、しまったーと思った時はもう遅かった。


「やった、やった!!次の時、持って来てね!!」


所詮、子供間の約束だ。どうか、まいこちゃんが忘れっぽい子であるようにと祈りつつ、その場を去った。




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女子グループの壁

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不審者情報がここ最近頻繁に出回っている。
登下校は集団でがお約束ーなのだが、最近になって、子は一人で下校しているので心配だ。
学校から配信されるメールでしか情報は無く、こんな時、気軽に話せるママ友がいれば不安の種も小さくなるのかもしれないと思う。
1年生の最初の頃は、Dちゃんらと登下校していたが、何となくの仲間外れをされてからは下級生と下校していた。
一人ではないという安心感と、放課後は遊ぶ友達がいるし習い事のダンスでもまいこちゃんらと楽しそうにしていることで、モヤモヤは消失していたのだが、例の噂話をまいこちゃんママから聞いてからというもの、何故子を入れてくれないのだろう?という不満が再度湧き上がってきた。
下級生は下級生で、仲良しグループが出来上がり、やはり子は学年も違うことから話が噛み合わなくなりーつまりは先輩ぶる子が煙たくなったのだろう、一緒に登下校してくれなくなったようだ。
3年生ともなると、男子でさえ、うっすらグループが出来つつあり、女子が入る隙も無さそうだった。
学校ではどうなのだろう?
そういえばー、子からクラスメイトの話をあまり聞かない。DSを買い与えてから、放課後仲間との遊びにどんどんのめり込んでいるのも心配だ。彼女らはクラスが違う。




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「ねぇ、学校では誰といつも遊んでるの?」


さり気なく子に聞くが、


「え?別に、色々。」


曖昧な答えが返ってくるだけで、それ以上聞くことを許さない空気を感じる。


「Dちゃん達とは、やっぱり一緒に登下校出来ない?」


無理と分かりつつも、つい聞いてしまう。


「一人が楽だし。」


わざとなのか?大人びた風な物言いをする我が子が、また私の手からひとつ離れた気がする。


「不審者が出てるって言うし・・しばらくママが迎えに行こうか?」


「え?1年生じゃないし・・恥ずかしいからやめて。」


バッサリと断られてしまった。
親と一緒にいるのが恥ずかしいーそんな気持ちは私も遠い昔に経験したことがあるから分かるが、それでも中学生辺りではなかったか?
遊ぶ友達の影響なのかと思い、またもや不安が募る。


「じゃあ・・せめて、前後に学校の子がいる時に下校して。一人だと怖いから。」


口ではそう言いながら、実際子が下校する時間帯を見計らい、こっそり待ち伏せをした。遠目でAちゃんら集団が歩いて来るのが見えた。その少し後ろに子が一人でとぼとぼ歩いていた。
実際は、何とも思っていないのかもしれないが、前方のAちゃん達がキャピキャピ楽しそうにしていることで、たった一人でランドセルを背負い歩いている子が寂しそうに見えてしまうのだった。


ー嫌な感じ・・・


女子のグループ化。それは、誰にも止めることは出来ない。大人になってからも苦しめられるのだ。社会人になり、母になり、また振り出しに戻っている私自身の経験上、それはもう宿命なのだ。
ならば、適応していく力を身に付けるしかないのだ。
でも、どうやって?
人生半分まで来たというのに、いまだに答えが出せないでいる。




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無気力

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今月は、学校行事がいくつもある。
それだけで、気分は欝々とし、大袈裟ではなく吐き気を催してしまう私は、つくづく情けない人間だ。
大勢の前でスピーチをするわけでもない、大きな仕事をするわけでもない、ただただ子供達の様子を見に行くだけのことなのにー

ここ数日は、寝込んでいた。買い物に出る元気もなかった。
もうすぐ迎える行事ごとのことが脳裏に浮かぶと、途端に気力が奪わてしまう、そんな風だった。

実は、子供会の集まりが先週末にあったのだ。しかし、行かなかった。行けなかったのではない、行かなかったのだ。
特に用事があった訳でもない。それでも、あの和気藹々とした集団の中に飛び込む勇気は持てなかったし、頑張って何が得られるのだろう?と思うと、もうどうでも良くなった。
子の為にー、そう思って頑張って来たけれど、ぷつりと糸が切れてしまったような気分。
ひとつさぼると、そこで免疫が出来る。「さぼってもいいんだ」という免疫。月曜には学校行事があったのだけれど、それもさぼってしまった。さぼって、適当に家事を済ませたら、子が帰宅するまで殆ど布団にくるまって寝ていた。


「ママ、来なかったね。」


子が帰宅して、開口一番そう言った時は、さすがに罪悪感が湧いたけれど、すぐにまたどうでも良くなった。それなのに、子に根掘り葉掘り聞く自分がいる。




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「ママの他に来てないお母さんいた?」


「え・・分からないよ。だって、誰がどの子のママか分からないし。でも、たくさん来てたよ。今日は夏休みの課題の発表会だったんだよね。」


「そうだったんだ・・ちゃんと発表出来た?」


「んー。」


恐らく、上手く行かなかったのではないか?しかし、実際この目で確かめているわけでもないし、誰かに聞ける訳でもない、子の言うことを信じるしかなかった。
また、小さな罪悪感が湧く。子が頑張っている姿を見に行かなかった自分は、母親失格だ。ちゃんと発表出来たのかなど聞く資格も無い。


「今度の縄跳びの発表会は、来る?」


「そうだね、ママの体調が良かったらね。」


約束はしなかった。どちらに転んでも大丈夫なよう、曖昧な答えを子に向けた。やっぱり、私は母親失格だ。
子は、大急ぎでドーナツをひとつ口に放り込むと、そのまま外に遊びに出掛けて行ってしまった。ぽつんと取り残された私は、少しだけ子に嫉妬した。
私なんていなくても大丈夫、子には子の世界があるのだーと勝手な都合を付けて、次の行事も恐らくさぼるのだろう。

私は、ひとりぼっちだ。そして、言い訳ばかりの我儘で情けない母親だ。




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似非ヨガ

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子とずっと見続けていた「とと姉ちゃん」が終わり、朝の楽しみが無くなってしまった。
無気力な自分が頭をもたげれば、頑張る常子を見て「私も頑張らねば」と、重い腰を上げて家事やライティングをしたりしていたのだが、その活力の元を失い、今はまた怠惰な自分と戦いつつある。
まるで抜け殻のようだ。

夫は仕事人間だし、たまの休みはツーリング仲間とどこかへ出掛けてしまう。やっとの思いで家族サービスかと思えば、大概が義両親付き。
家族水入らずの外出なんて、長いことしていない。
そういった不満が募ることを、怠惰な自分への言い訳にしている。

団地の掲示板に、ママさんヨガの集いなるチラシが貼られていた。集会所の和室を貸し切って行うらしく、インストラクターを招いての会らしい。
恐らく、素敵ママやお隣さんは参加するのだろうな、と思う。




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体がなまっている。このまま更年期を迎えたら、エライことになる。肩も背中も首もゴリゴリに凝り固まっており、血液もドロドロなのではないかと思う。
心身共に浄化したい。
そう思いながらも、体はついていかない。夫と子を送り出した後、朝起きた時のままの布団にそのまま潜り込む。天気の悪い日は、洗濯もせず茶碗洗いもせずにだ。
携帯をいじりながら、生産性の無い自分を恥じながら、それでも「習慣」はなかなか人を変えられない。
布団の中、ヨガの動画を見る。それを見ただけで、まるで体を動かしているような錯覚に陥る。寝っ転がりながら、せめて呼吸法だけでもーと真似してみる。
横たわっての呼吸法では意味が無いと知りつつも、薄暗い部屋、雨音を聞きながら再び眠りの世界に吸いこまれて行く。




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つぶやき

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能天気な人間になりたかった。
わざわざ、自分からことを難しくしている気がする。
ネガティブの沼に、嵌って行く。
+を大きく、
-を小さく、
それが出来たら、だいぶ世界も違って見えるだろう。

悩み事、一つ。
一つが二つに分かれても、それぞれは半分にならずに元の一つの大きさが二つになってしまう。

噓でも演技でもいいから、楽しそうな人になりたい。
最初は噓でも、それを毎日続けたら、自分も騙せそうな気がする。そして、いつしか今の私とすり替わってくれたらいいのに、と思う。




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運動音痴

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子が、体育の授業でどうやら足を引っ張っているらしい。大繩で毎回引っ掛かるのはどうやら子のようで、それとなく相談して来た。
私にもなかなか言い辛かったらしく、自分が子供時代を思い出すと、まだ母にこうして打ち明けてくれるだけましな気がしてほっとする。
私は、親の前では「出来る子」だったから。
ドッチボールで当てられても、


「今日は、何人も当てたよ!最後まで私、残ったし。」


平気で噓を付いて、親を喜ばせるような子供だったのだ。母は、そんな私の噓にすっかり騙され、そして私は親の中では「運動神経の良い子」だったのだ。


「じゃあ、ママと練習しようか?」


言ってはみたものの、縄を回すのにもう一人必要だ。こういう時、兄弟がーこの場合は兄か姉になるのだがー、いたらその役目を果たしてくれるのかもとため息が出る。
夫はこういう時に頼りにならない。ここぞと言う父親の出番でいつでも不在だ。




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休みの日ー、誰かに見られたら恥ずかしいと言う子の意見を尊重し、というのは建前で、私自身も誰かに見られるのが嫌なので、隣町の公園まで自転車を走らせた。
家族連れが多く、人気の少ない木陰を探す。適当な木に縄跳び二つを結び合わせたものをくくり、せーので回す。
子は、入るところから上手く行かない。子の運動神経の無さに驚く。ダンス教室では無難に踊れているのに何故?
そして、幼稚園の頃は普通に出来ていたそれが、出来なくなっていることに愕然とする。


「入るのも、怖いの?」


「うん・・・」


「幼稚園の頃は出来てたよね?」


「うん・・忘れた・・」


なんで!?という言葉を飲み込み、


「大丈夫。ママも出来なかったから。コツさえつかめばすぐに出来るようになるよ。練習が大事だからね。」


それから何時間経っただろうー、入るタイミングが掴めないというので、先ず縄の隣に立たせて回し、その場でジャンプするところから始めた。
努力の甲斐あって、なんとか形にはなったが、しかし子は学校の縄はもっと太いので、足に当たると痛いと言い出した。
まだまだ不安材料は残るところだが、子が苦手意識を持ち過ぎないよう、私も出来ることはサポートしていかなければと思い直した。


「お腹が空いた!オムライスが食べたい!!」


夫は久しぶりにツーリング仲間と日帰り温泉なので、食事の支度をしなくても良い。私も老体に鞭を打っての練習付き合いに疲れ切っていたので、子の希望通り簡単な夕飯にした。

子のオムライスには、ケチャップで頑張ったねの花丸を描いた。だいぶ不格好な花丸なのに、子はすぐに気付いて喜んでくれた。
心根の優しい子なのだ。運動や勉強が出来るよりももっと、その部分を褒めてやりたくなった。




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今日の料理

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今日の料理




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恥ずかしい趣味ーネットサーフィン

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子供の頃、苦手だった質問。


「好きなことは?」


「趣味、特技は?」


「何かやりたいこととかないの?」


「何している時が楽しい?」


「芸能人だったら誰が好き?」


”何か”に夢中になっているクラスメイトが心底羨ましかった。のんべんだらりと学生時代を過ごし、親の目があるので勉強だけは平均以上を目指し、しかし心底何かに嵌れるような学生時代とは程遠かった。
クラスメイトが「光GENJI」や「SMAP」に嵌り、透明の下敷きに好きな誰それを入れているのを横目で見つつ、私は何の変哲もない無地ピンクの下敷きを使用していた。
運動も得意ではなく、だからといって今でいう「オタク」のように、アニメに嵌ることも無く、好きなミュージシャンでもいれば、少しは世界も違って見えたのかもしれないが、そもそも芸能人やミュージシャンは雲の上の人過ぎて、顔と名前すら覚えるのに一苦労だった。
とにかく何もかもに興味を持つことが出来ない、詰まらない子供時代だったのだ。





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放課後、男子達が、校庭でサッカーや野球をしていたり、また音楽室から聞こえて来る音楽クラブの楽器演奏の音にさえも、劣等感を抱いたものだった。


ー私には、なんで何もないのだろう?


皆、やりたいことを見付けている。おやつを食べたり友達と遊んだりすること以上に、「好き」なことを見付けている。私には、何もない。
そして、何もない私の周囲は、「やりたいこと」を見付け、それぞれの場所に旅立つことで、私はたった一人取り残されたのだ。そうして「ひとり」になった。「ひとり」が大人になり、なんとか結婚して出産し、家族を持つことが出来たが、しかしいまだに心は満たされない。
今、あの頃と同じ質問をされたとしたら、私は何と答えるだろう。


「ネットサーフィン。」


これを、皆の前で堂々と言える人間がどれだけいるだろう?リアルでは、きっと数えきれないくらいいるのだろうが、実際それを履歴書に書く者はいないと思う。それ程、後ろ暗い「趣味」だとカテゴライズされるのだ。
堂々と、胸を張って答えられるー、そんな「やりたいこと」「夢中になれること」を持つ人が羨ましい。
私は、あの頃から寸分も変わらないー、何に対しても興味を持てない、詰まらない人間だ。




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