にほんブログ村 主婦日記ブログ ひきこもり主婦へ
にほんブログ村 主婦日記ブログ 専業主婦へ
にほんブログ村 子育てブログ 一人っ子へ

ひとり遊び

にほんブログ村 主婦日記ブログ ひきこもり主婦へ
にほんブログ村










今日は買い物に出ないーそう決めながら、朝から新聞の折込広告を眺めていた。外は強風、花粉もすごい、誰に言い訳するでもないのに引きこもる理由を探しては、自分を納得させいつもの強迫観念から逃れる。
週明けは、疲れが残る。
子の相手も、最近では息切れしてしまっている。勿論一緒にいるのは楽しいのだが、それだけではない。勉強を見てやったり学校での様子を探ったり、あれこれ危惧することで疲労が蓄積されているのだろうと思う。

真昼間のフリータイムは誰に咎められることもなく、家事さえ子が帰宅するまでに帳尻を合わせれば、後は好き勝手に過ごしていられる。
腹が下る程大好きなコーヒーをがぶ飲みしても、図書館で借りて来た雑誌や文庫を思う存分読みふけっても、夫の部屋にあるかもしれないパンドラの箱を探してもー



ふと、百貨店のジュエリー広告が目に入った。
そう、子供の頃によくやった遊びをしてみよう、懐かしいひとり遊びー欲しいジュエリーの写真をハサミでチョキチョキ切り取る。30万程のキラキラ輝くダイヤモンドやルビーがあしらわれたリング、パールとプラチナのブローチなど、好きなだけ思う存分切り取る。ハサミを黙々と動かしていれば、今の自分を忘れてただひたすらのめり込める。
お中元などで貰った綺麗な菓子の空き箱に、綺麗に切り取られたそれらを入れては、「宝物箱」と称して出したり入れたりしていたっけ。それだけで満たされていたまだ幼き日の思い出。あの頃はまだ物の価値など分かっていなかったし、自分が綺麗だし気に入ったと思えば、それで十分だった。それが例えペラペラの広告を切り取ったジュエリーだったとしても、私にとっては本物のジュエリーとさして変わりはない代物だったのだ。


ふと、切り取った残骸を眺めた時に、それら全てが広告の中でもとりわけ高価な物ばかりだということに気が付いた。無意識に、より”0”の数字が多く付いている物を選んでいる私がいた。誰に見せるわけでもないひとり遊びの中でさえ、私は数字や世間の価値観に捕らわれているのだろう。
年を重ねるにつれて生じる余計な刷り込みが、人をがんじがらめにしているのだ。


自分が好きならそれでいいー

そう思えたらー言い聞かせ思い込むのではなく、自然にそう思える人が羨ましい。服や小物、化粧品や食品でさえ、「人気商品」に飛びついてしまう私。
ランキング上位の物を選択し、安心する。そこに自分の意思はない。人が良いと思うものなら間違いない、安全圏ー。更に人が欲している物だがなかなか手に入れられない物を得られたら、果たして私の心は満足するのか?
しかし、この年になるとそれは段々かなわなくなっていく。
一等地のマイホーム、ブランド物のジュエリー、複数の聞き分けの良い問題のない賢い子供達、いつでも頼れる包容力のある両親、自分だけを愛してくれる夫ー

むしゃくしゃし、切り取ったジュエリー広告を丸めてゴミ箱に捨てた。
代わりに、普段から気に入りのWEBファッションショップのデザインアクセサリーを買い物かごに入れる。候補の2点、衝動買いしそうになるが、欲しいカラーが売り切れていたことで歯止めが掛かる。
そろそろ春の装いにー、ひとつアクセントを加えて気分転換を図りたい。
それが本物かレプリカかは自分の気持ち次第なのだー。頭の隅っこでは「身の丈」という単語がチラチラ浮かび、結局それが本来の欲望を抑え、妥協点まで落とすよう言い聞かせることに後押しするのだった。

































trackback

copyright (c) 隣の芝生 all rights reserved.

プロフィール

selinee

Author:selinee
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR