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見下し安心感

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「OOちゃんがいると安心する~」


まだ子が生まれて1歳にもならない頃に、支援センターで知り合いママ友になった、もう連絡も取っていない彼女に言われた一言。当時、それは褒め言葉だと思っていたし、素直にそう言われて悪い気はしなかった。
区役所が開催している「赤ちゃん会」で出会った彼女とは、まだ引越し前のママ友と親密になる前だったこともあり、私にとっては貴重なママ友だった。彼女もまだ知り合いが少なかったのだろう、頻繁にランチや自宅に誘い合うことで、持ちつ持たれつ、急速に互いの仲を深めて行った。
ママ友という特別な世界に足を踏み入れ、まず第一関門である互いの呼び方も、どちらからともなく下の名前で呼び合うようになり、不安だったママ生活も彼女のお陰で楽しく過ごせるーそう思っていたあの頃の私。

支援センターでは、いつでもメールをし合って現地集合。彼女からメールがあれば、例え気分が優れなかったり天候が悪かったりしても、まだ昼寝中の子を起こしてでも集合場所に出向いていたし、その逆も然りだった。
それでも、私も元々アクティブな方ではないので、外出は3日に1日程ー彼女もきっとそうだと思っていた。お互い両思いのママ友がいるー同じ濃度でー、それだけで私は安心していられたし、それ以上人脈を進んで広げようとも思っていなかった。
しかし、彼女は違ったようだ。

ふと、買い物のついでに一人で支援センターに寄ったことがあった。顔見知りはいても、挨拶と少しの世間話くらい。月初に配布されるスケジュール表を貰ったらそのまま帰宅するつもりでいた。
しかし、受付から中を覗くと、彼女がいた。大きな輪の中で楽しそうにする彼女ー、目が合ったのでそのまま帰宅するのも感じが悪いかもと思い、気が進まなかったがその輪に挨拶をしつつ入れて貰うことにした。


そして衝撃を受けた。
私と2人きりの時には見せない顔の彼女がいた。どこか余所行きな、済ました彼女だ。そして、その輪にいるリーダーと思われる母親からは親しげに「ちゃん付け」で名前を呼ばれていて、彼女には私以外の居場所があるのだという事実にうっすら焦る気持ちが芽生えた。
一生懸命、共通点を探してそのリーダーに話し掛けてみた。隣に座っていたし、そのリーダーの膝元にいる赤ちゃんと私の子がおもちゃを取り合ってコミュニケーションを取ったのを機会に、おそらく「今何ヶ月なんですか?お名前は?」という差し障りのない質問。
しかし、あっけなく無視された。
一瞬、聞こえていないのかと思い、今度は大きな声で聞いてみたが、またもスルー。今度は私の台詞だけが宙に浮き、周囲の母親達は私と目を合わせないようにする。そして助けを求めるように彼女の方を見遣るも、彼女はただうっすら笑みを浮かべながら自分の子をあやすことに集中している風を装っていた。


そこからは記憶が曖昧だが、さっさとその場を後にし、数日は落ち込むも彼女から誘いがあるとすぐに乗り、ランチをした。テイクアウトでファーストフードを買い込み、彼女の自宅へ。
そこで、言われたのが冒頭の台詞だったのだ。



「やっぱりOOちゃんといると、安心する~」


この一言にどんな意味が込められているのか、今ならはっきりと分かる。彼女は、私が彼女の他に親しいママ友がいないこと、特定のグループに属していないこと、予定は彼女と会う以外はガラガラであることで、自分の立ち位置が上であることを確認しては安心していたかったのだ。
現に、

「OOちゃんはインドアだもんね~あんまり外に出ていないみたいだし、私が誘わないと密室育児になっちゃうよ!」なんてよく笑いながら言っていた。それに対し、不愉快ながらも表向きはヘラヘラ笑っていたーそれが私だった。
その割に、自分が属していたあのグループの悪口を散々言っては発散していた。特に私を無視したリーダーが、いかに気分屋で仕切りたがりかをぶちまける事が多かった。一度吐けば、すっきりした顔でケロリとするのだ。聞かされたこちらはストレスが溜まる一方だったが・・
また、私の家に遊びに来ると、壁に貼り付けてあるスケジュール兼カレンダーを彼女がちらっとチェックしている様子を度々目にした。
彼女とその子供の名前がある日付以外は、病院くらいのスケジュール。その虫食いのカレンダーに彼女はきっと満足していたはずだ。


そんな彼女と疎遠になったのは、私が彼女にとって「安心する人」から卒業した頃。
引越し前のママ友と踏み込んで仲良くなった頃だ。引越し前のママ友は顔も広く、親しみやすく、支援センターでも一際目立つ存在だった。
そんな彼女がなぜ私と仲良くなったのかはまたの機会に書くことにするが、どこからかその情報を得た彼女は、頻繁に深刻な顔で引越し前のママ友の悪口を私に吹き込むようになった。
しかし、その頃の私は既にもう、引越し前のママ友の曇りのない善良さーだったり気風の良さに惹かれていたので、彼女の声は全く耳に入らなかったし、かえって煩わしさから彼女と距離を徐々に置いて行きたいと思った記憶がある。

この地に引っ越すことが決まり、一応そのことを彼女に告げた時には、更に私のことなど使い捨てのティッシュの如くゴミ箱にポイー、こちらからさよならの挨拶をしに行っても、分かりやすいくらい素っ気無かった。要は、その程度の付き合いだっただけのことだ。

突然、何故彼女の台詞を思い出したのかと言うと、同じ台詞を先日、まいこちゃんママに言われたからだ。それは、明らかに私を見下した上での台詞に思えた。
そんな風に捉えてしまう私にも、問題はあるのかもしれないけれど。


自分の理想像ーそれにうまく追いつけば、人との比較だったり今の立ち位置に焦りを感じることはないのだろうけれど、そうでないと人は自分より下にある何かを指標にして優位に立つことで、ひとまず安心感を得たがる。
そのひとまずの為に、どこかの誰かが傷付いているかもしれないなどという想像力は働かない。

あの人よりはマシーというあの人に、安心感をおぼえること。それこそが、自分の理想像から最も離れているのだということに彼女達は気が付けないでいるのだ。




















































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