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カラオケ遊び

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思えば、いつからか私は人前で歌を歌うことが出来なくなっていた。
まだ片手で足りる年齢の頃は、家族や人様の前で得意げに声高らかに、たどたどしいながらも色々な歌を歌っていたのは、両親が昔ながらの録音テープで録っていた私の名前の書かれたカセットテープを聞いたことでの事実で承知しているのだが、実際のところ記憶に定着しているのは、「自分の歌声を聞かれるのが恥ずかしい」という思いであって、それは大人になった今もなお続いている。


自分の声が嫌いだ。
どちらかと言えば、耳障りな声。自分の声をボイスレコーダーで録り、再生したのを聞けば聞く程、その声に嫌悪感を抱く。少し低めのしゃがれ声。
もっと女性らしい声だったら良かったと常に思う。

小学校中学年辺りからだろうか、自分の声にコンプレックスを持ち始めたのは。音楽の授業で一人一人前に出て歌の発表をするのが嫌だった。また、家族の前で歌うのすら躊躇した。鼻歌ですら、人前で歌うことが出来なくなった。


「あんた、音痴ね~」


何の気なしに言ったのだろう、笑いながら、母から言われたその言葉は、ますます私から歌を遠ざけた。家族旅行で長時間車の中、FMから流れる流行歌にかぶせて母はよくハミングした。それはとても気持ち良さそうで、子供の頃合唱部に所属していたという彼女自慢の声は、渋滞で激混みの中、動けずにいる車中で延々と繰り返され、子供心に苦痛な時間にほかならなかった。
本当は歌いたかったのだーしかし、私が入る隙などそこになく、またその家族だけの小さな空間ですら、自分の歌声を披露する勇気は一ミリもなかったのだ。


当時、付き合っていた恋人とのドライブでも、カーステレオから流れる歌に合わせ口ずさむことが出来ずにいた。その彼は歌が好きな人で、友人同士でカラオケに飲みに行ったりは日常茶飯事だったから、彼女である私とカラオケに行けないことに不満を抱いていたようだった。私も自分を素直に出すことが出来ずにいたから、「歌うのが恥ずかしい」という理由ではなく、なんとなく都合を付けては彼からのカラオケデートを断り続けその場をしのいでいたのだが、ついにドライブ中に一度も口を開かない私をおかしく思ったのか、


「OOの歌声、一度も聞いたことないよな。聞かせてよ。」


そう言われて、頑なに拒否したことがきっかけとなり、ついには破局になった。
まあ、別れる原因はその他にも色々あって、それが発端になっただけのことなのだけれどー


友達とも、仕事付き合いでカラオケに行った際にも、カラオケと聞けば逃げて来た。そんな私は裏で「人付き合いの悪いやつ」だと思われていただろうか?


子が生まれ、寝ぐずりで困り果てた時にふと子守唄を歌ったら泣き止んだ。
私のダミ声も、子にとっては心地良く響くのだろうか?嬉しくなって、多くの童謡CDを借りては歌を覚え、子に歌って聞かせた。
私の中で子の前で歌うことだけは、それまで歌について持っていたわだかまりが溶け、更には気持ちも穏やかになれた。


誰もいない日中ー静かなリビングで一人口ずさむことがある。今は便利なカラオケアプリなどもあり、携帯でカラオケまで出来る時代だ。
傍から見たら、寂しい人間かもしれない。
誰とも関わらず、部屋で熱唱している私は孤独な主婦にうつるだろうか?しかし、金もかからなければ誰かに気を遣う必要もない。多少音が外れたとしても、笑われることもなければ恥ずかしがることもない。
そして、少しは心が元気になるのだ。声を腹の底から出すことは健康に良いと聞いたことがある。なるべく朗らかになれるメロディを選曲することがポイントでもある。
人前で歌うことが恥ずかしくても、歌くことが嫌いなわけじゃない。自分の声にコンプレックスがあったとしても、それと歌とは別問題だ。
一つでも、自分が気持ち良くいられる何かを持てること、それが人目につかないことであっても、心が平和になれるのなら、これも私の趣味なのだと胸を張れるのかもしれない。









































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