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貧しい優越感

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専業主婦、子持ちーしかし一人っ子の小学生女児と言えば、「楽そうね~」と思われているような気がしてならない。現に、子がまだ小さな頃には、通りすがりの老人や同世代の同じく子持ちの母親らに言われた、

「女の子って楽よね~」

の言葉。
男の子であろうが扱いやすく大人しい子はいるだろうし、また女の子であっても利かん坊で育てにくい子だっている。それに、ちょっと見の判断でそう決めてかかるのはナンセンスだ。
子がまだ赤ちゃんの頃、口々に言われた「育てやすそうな子」という言葉。確かに外では穏やかで、意味もなく泣き喚いたりすることはなかったのだが、家に帰れば黄昏泣きや甘えのぐずり、それに加えて毎晩の夜泣きと大変だった。それでも、男の子を持つ母親達はこぞって、

「本当、女の子って静かでいいわよね~うちなんて大変。」

という毎度の大変自慢だ。その言葉の裏に、「私はこんな大変な子供を何人も育てられる母親スキルの高い女だ。」という上から目線な思いが垣間見えて鼻につく。
うちは迷走一人っ子。選択一人っ子でもなければ不妊一人っ子でもない。夫との不仲ー、まさか夫にセックスを拒否されて一人っ子などとは口が裂けても言えない。世間に向けて、「私達はセックスレスです」のプラカードを下げて歩く程の勇気はない。

そんな迷走一人っ子を持つ私だけれど、たまにその境遇に優越感をおぼえることがある。例えばー、電車で子と2人、優雅におしゃべりをしながら外の景色を見ながら移動している時。向かい合わせて、小さな赤ん坊を抱えた母親と我が子と同じ年の頃の上の子の3人がおり、しきりに上の子が母親に向かって話し掛けているというのに、母親は赤ん坊をあやすことに必死でその声に耳を傾けられないでいる。
そんな時ー、あぁ、私は一人っ子の母親で良かった。子に寂しい思いをさせなくて済むと思える。そして、これ見よがしに子にとびきりの笑顔で話し掛け、子の話を楽しそうに聞くのだ。家で二人きりの時には生返事で茶碗洗いをするだろうレベルの会話であっても。

また、本屋などに子とふらり立ち読みなどしている時。2~3人連れた母親が子供達に漫画や雑誌をねだられて拒否しているのを見ると、子に向かって、


「欲しい本ある?買ってあげるよ。」


と、800円近くするアイカツの雑誌を買ってやったりもする。子は嬉しそうにするものの、自宅に戻れば中身のカードだけ取り出して後は放置だ。結局付録のカード2枚で800円払ったことになる。1枚400円。アイカツが4回出来ると思うと本当に無駄金だ。
それでも、本屋で見掛けた子沢山の子供達より子は恵まれているのだと勝手に納得する。そして満足する。兄弟を作ってやれないことにやはり後ろめたさがあるのだろう。にぎやかなリビングを与えられないこと。親でもない、兄弟だから出来る遊びだったり喧嘩を体験させられないこと、いつか子に言われるかもしれないー「兄弟が欲しかった」という言葉が怖いのだ、私は。

そして目先の貧しい優越感で、一時はその不安感から逃れることが出来る。兄弟持ちのデメリットをクローズアップし、それに対抗するかのように一人っ子のメリットを誇張させるような行動を取る。それは、子にとってどのような影響を与えるのか考えもせずに、その場限りの甘やかしで子にも「一人っ子は良いものなのだ」という潜在意識を植え付ける。

不完全であるということに負い目を感じている。私の貧しい想像力で完全なものー、それは、複数子の親であり、夫とは互いに信頼し合える対等な関係性、やりがいのある仕事を持ち、毒親でない親が傍で支えてくれている環境。欲を言えばマイホームを持てたら尚良しだろう。

貧困な私欲を持つ私に対して現実は厳しい。
行動を起こさずに、ただ生産性のない場で叫んでいても何も生まれない。しかし、自分を納得させる最後の切り札に、弟のことがある。
兄弟がいたとしてもー、健康体とは限らない。兄弟間で憎しみ合うこともある。その存在が人生の足かせになることだって。
結局、何が正解で不正解かは誰にも決められないのだ。





































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