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イエスマン

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友達親子に憧れていた。何でも腹を割って話せる親子ー、一緒に買い物に行き、お茶をし、ランチをし、カラオケに行き、悩めば一番に相談出来るーそんな存在の母を持つ子が羨ましかった。
私と母は、主従関係がはっきりしていて、私はイエスマンになるしかなく、それは実家を離れ嫁いだ今でも続いている関係性。
母のことを好きか嫌いかで言ったら、「分からない」というのが正直な今の気持ち。しかし、子を産み育てる大変さを少しでも分かった今、やはりこうして人並みに育ててくれた感謝はしているし、思うところもあるけれど、母だって人間なのだからーと自分を殺して対応することも多くある。


「忙しいから会えないわよ。」


この一言を鵜呑みにして、連絡をこちらから寄越さない日が続くと、次に電話をした時に一発で分かってしまう彼女の不機嫌さ。断られても、めげずに何度も何度もプッシュすることー、3、4回目の誘いでようやく勿体ぶった声を出しこう言うのだ。



「何度も断っちゃ悪いからね、じゃあ来週辺り空けておくわよ。」


いくらかハミングの混じった声で、機嫌が良い時の母はいつでも鼻歌を歌うように話すのだ。
ーお伺いを立てるー
いつでも母にコンタクトを取る時はそう。こちらから「お願い」しなくてはならない。何もしないというのは以ての外。それはいつしか放置になり、無関心、そして薄情者のレッテルを貼られるのだ。
そうして、正直自分から誘って言うのもなんだが、気が進まない中、梅雨の晴れ間を狙って母とランチをして来た。母は、約束の店にだいぶ前から来ていたのだろう、小さなパンフレットのような物を眺めながらコーヒーを啜っていた。


「お待たせ。」


「あら、私もさっき来たばかりよ。」


コーヒーは既に冷めていそうだったが、それに気が付かないふりでメニューを開く。シェア出来そうなマルゲリータピザとサラダ、それにうにクリームパスタをオーダーした。


料理が来るまでの間、母の体のことや父の最近の様子、弟のことや親戚の愚痴など、いつも通りの会話が成される。私もいつも通り、相槌を打ち、しかめ顔をし、笑顔を作りと母に合わせて表情を変える。疲れを微塵にも出さないようにー、気を遣っていることがバレないようにー

最近では父のことを悪く言うようになった母。年齢もあるのだろう、以前より色々な意味での判断力が鈍くなって年寄りじみてしまったようだ。快活さが無くなり、後は死を迎えるだけー陰気臭い、一緒にいると憂鬱になる、等、父の人間性を毛嫌いするような台詞を吐くことが多い。私が少しでも父のフォローをしようもんなら、頭に血が上り伝票を持って席を立ちかねないだろう。
現に、以前電話でのやり取りで父をかばうようなことを言ったら、数カ月電話をしても出ない、勿論向こうから電話が掛かってくることもない、そして、子の誕生日までスルーされた経験がある。
それでもめげずにこちらからお中元など節目の贈り物をし、葉書を出し、そしてメールをし続けていたら、ようやく無愛想な声で電話に出てこう言ったのだ。


「何か用?」


そして、


「私、あんたに腹が立ってるんだけど。」


一体何に腹を立っていたのかも分からなかったのだが、話しを聞くと、以前電話で父をかばった発言をしたことが許せなかったらしい。父をかばう=母を全否定したという変換が彼女の脳内でなされたのだ。
母はもう子供だ。そう思えばこちらも腹が立たないー親だと思うから疲れるし振り回される。とにかくこちらは平謝りし、母の意見を肯定し、何とかうまく収めたのだ。
母に意見をすることは許されない。ひたすら同調するに限る。それは子供だった頃から。プライドの高い母は、昔から人一倍自分の意見を否定されることを許さないのだ。そうされた途端、その相手は母にとって「敵」となる。それが血を分けた子供であったとしてもー
そう悟ってからというもの、母に疲れた時や苛立った時は、一人前にして貰った「恩」を思い出すよう努めている。いくらか悶々とする部分が残りつつも、結局は食う寝るところに困らず私は大人になったのだ。精神的に追い詰められることがあったとしても、肉体的に虐待を受けていた訳ではないのだ。進学塾に通わせてくれたりと、教育面で金銭を掛けてくれた時期だってあったのだ。
ただ、母と私とは「合わない」だけ。合わないけれど血を分けた親子なのだとー


ランチから店を出て、お決まりのショッピング。母の日にプレゼントはしたのだが、なんとなく入った店にあるバレッタを手に取り、買おうかどうか迷っている母の後ろ姿を見て、さり気なくそれをプレゼントすることにした。


「あんたって、本当に優しい子ね。」


たまに出るその言葉に救われる。本当にそう思っているのかどうかは分からない。ただの気まぐれかもしれないその言葉。それの何倍も「薄情者」「冷たい人間」「親不孝」と言われて来たというのに、バカな私は一瞬忘れてしまうのだ。その一瞬の為に、母から離れられずにいるのだろう。


お茶の時間になったので、適当なカフェに入り、ケーキを食べ紅茶を飲み、繰り返し再生される愚痴を聞く。
隣の席で、私達より幾分若い世代の親子が無邪気に笑い合っていた。ドラマの話題だろうかー


「お母さんって、ホント受けるー!」


天然風のその母親は、娘にそう言われながら茶目っ気ある表情で共に笑っていた。
そこには、一点の曇りもない親子の楽しい時間があった。おそらく彼女は母親に、「NO!」と言える勇気を持っているのだろうー、そしてこの母親も、それを一旦受け入れる度量があるのだろうー勝手な想像だが、そう思わずいはいられない空気感がそこにあった。


親子なのにギクシャクする。
悲しいけれど、それが私達親子の形。育てて貰った恩返しは、たまに会う母に心地良いと思わせる空間を提供すること。話す相手がいない今、娘の私が彼女を肯定してあげなくてはならない。
それが、母の思う「親孝行な娘」なのだから。
それと同時に我が子に想う。いつしか大人になり自身の家庭を持った時に、親孝行は要らないとー。その想いを全てあなたの夫や子供達に向けて欲しいーそれこそが親孝行なのだと。
それはもうとうの昔に諦めた、私が母に求めていた「母性」なのだ。
























































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