にほんブログ村 主婦日記ブログ ひきこもり主婦へ
にほんブログ村 主婦日記ブログ 専業主婦へ
にほんブログ村 子育てブログ 一人っ子へ

ACな私

スポンサーリンク





母の日も終わった。
往生際の悪い私は、何もしないと息巻いておきながらも、出先で目に付いた母の日用のカードを購入していたのだ。
もしも突然気が変わったらー、母の好きそうな物を見つけ衝動的に贈りたくなったら・・そう思い、いつ気が変わっても困らないよう、ご丁寧にカードにはメッセージを書いて用意していた。
先日の誕生日にカードを入れなかったこと、心のどこかで後悔していたのは、立ち読みした雑誌の「母の日特集」に、「母の日に貰って嬉しいプレゼント」に堂々1位に挙げられていた「メッセージカード」が心に留まったから。
私と同世代の著名人女性が母親と笑顔で並び、写真におさまっていた。随分年配だが綺麗に整えられた白髪の、お洒落にも気遣っていそうな老女。彼女の言葉に、


「毎年、娘が私のことを考えて素敵な雑貨や洋服を贈ってくれます。しかし、一番嬉しいのはメッセージカードなんです。」


綺麗なジュエリーボックスのような箱に、その著名人女性が幼い頃から贈り続けて来たカードが、大事に仕舞われていた。似顔絵付きの小学校の頃貰ったと思われるあどけない可愛いカードや、思春期だからかどこかぶっきらぼうにシンプルなカード、それでいて彼女をやはり母親として労わるような丁寧に書かれたメッセージが書かれている物。大人になれば綺麗な切り絵や立体絵本のようなカード。それは、親子の歴史だった。互いの関係性が環境と共に微妙に変わっていっても、血を分けた繋がりは決して消えないーそれを物語っているように思えた。

本屋で立ち読みしたその言葉、そして写真の数々に、私は翻弄させられた。誕生日にカードを入れなかったこと、もしかしたら母は寂しかったのかもしれない。それと同時に、もし私がこの彼女のように誰しもが知る著名人であったとしたら、プライドの高い母は、この老女のようにカメラマンに向かって満足気な笑みを湛えていたのだろうと思う。自慢の娘ー、私が育てた娘ー、子育てを成功させた母である自分自身に酔いしれていたことだろうと思う。それを思えばまたイライラしたし、虚しくなってため息が出た。ありのままの自分を突き放した母、受け入れてくれない母。しかし今、彼女がどうにかなったとしての覚悟はあるのか?




スポンサーリンク





色々考えて、賭けに出た。
母の日前日。もう今日しかない。
カードを握り締め、ここらで有名な花屋へ出向く。値段は張るが、ラッピングは素敵だし取り扱っている花々も珍しいものが多い。配送手続きは前日だと間に合わないかもしれない。聞いてみて、無理ならば諦めよう。今はやはり距離を取る時期なのだ。
息を切らして、店の通りの角を曲がる。
どんな花にしようか、カーネーションではなく紫陽花にするのも良いかも。紫陽花の花言葉は「家族の絆」、どんなに毒母であったとしても、私は母を大切に思っていることが伝わるかもしれない。今だけは「憎しみ」を「失望感」を捨てよう。ここは大人になろう。


ー・・?店がない・・


いつも見掛ける店がない、閉店したの?しかし、よくよく目を凝らしてみると、店は普通に存在しており、シャッターが閉まっているだけだった。意気込んで行ってはみたものの、休みだったのだ。
力がへなへなと抜け、結局そのままスーパーに寄り牛乳1本だけ買って自宅に戻る。渡せなかったメッセージカードを鞄から取り出した。端っこがしわくちゃになってしまった。
ゆっくりとカードを開く。何度も何度も反芻し、下書きを書いてから綴った言葉。伝わらなかった想い、伝えられなかった気持ち。しかし、心のどこかで納得出来た自分がいた。
彼女に伝わらなかったー、しかしそれはこちらが伝えなかったから。アクションを起こさなければ、何も起こらない。本当の失望は、ドアをノックしても何の反応もないことだ。
勇気を出してカードを贈ったとして。何のリアクションもなく虚しい思いをすること、その辛さから逃れられたのだから、心の安定はまだ守られるのだ。




スポンサーリンク



trackback

copyright (c) 隣の芝生 all rights reserved.

プロフィール

selinee

Author:selinee
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR