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取って付けたかのような話

スポーツの秋。
巷では、ラグビーやバレーボール熱。私はその波に乗れず、興味も湧かない。


Hさんが、先日の歴史的だという一戦に大興奮。珍しく、作業の手を止め口ばかりが動いている。
それに皆も乗っかる。やれ、あのシーンが痺れただの、推しメンは誰だの。

子どもの頃からそうだ。
何に対しても、興味が薄く語れるものが無い私は、だから会話も広がらないし盛り上がらない。
クラス替えで新しく出来た友人も、その子が好きだというアイドルグループに無関心でいるうちに、詰まらないと感じたのだろう、同じく追っかけをしている子達のグループに移り、私はポツン。
そんな遠い昔のことをふと思い出した。




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話に入っていけない私など他所に、彼女達は延々とラグビーの話に花を咲かせている。歴史的一戦を観ていないだなんて言えない雰囲気。
だが、あの時は恐ろしい台風が去ったことで胸を撫で下ろしていた頃だ。よくもまあすぐに切り替え出来るものだと感心する。冠水被害に合ったり、今も尚、行方不明だったり災害に見舞われている状況の日本。
ラグビーの勝利は、確かに勇気付けられるものだけれど、実際、本当の意味で被害に合われた方々は、呑気に観戦している余裕など無いと思う。



「台風も、怖かったよね。」


ラグビーの話に一区切りついたことろで、取って付けたかのようにTさんが言う。皆、さっきまでのはしゃいだ表情から一転、曇ったようになるけれど、それもなんだか白々しく感じてしまった。




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ファッションアイテム枯渇

急激に寒くなり、衣替えをしようとクローゼットを整理した。

出て来たのは、ヨレヨレの毛玉だらけのニットだとか、時代遅れのチュニックワンピ。
洋服が欲しいーそんな欲求が芽生えると、最近では子がすぐにサイズアウトすることで買い与え、何となく自分が買ったような錯覚に陥る。
ふと、修学旅行で子に買った服を出す。クラスメイトと服が被り、このまま箪笥の肥やしになるだろうまだ新品の服。
勿体無い。
鏡に合わせたら、それだけでは若作りというか痛いおばさんが目立ってしまうけれど、その上にカーディガンやパーカーを羽織れば見られなくもない。
もう着ないのだからと、自分のアイテムの一つにすることにした。
クローゼットには、黒かグレー、それにベージュや紺のオンパレードで、どれもこれも同じに見える服ばかり。
卒対や子ども会の集まりで、皆がそれなりに年を重ねながらも、それぞれ自分に合う服をカラフルに着こなしているのを目にすると、つい真似したい衝動に駆られる。




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例えば、Mさん。 家もお洒落だけれど、彼女もお洒落だ。ふんわりした雰囲気だけれどファッションはほっこり系ではない。割とシンプルな、だが質の良いもの。
例えるのなら、同じボーダーシャツでも、私の着てるものは900円で、彼女の着てるものは1万円弱だろう、そんな感じ。
この間の集まりでは、大柄のツイードチェックのタイトロングスカートに、上はシンプルな短めのカットソーだったのだけれど、なんていうかお洒落だった。そもそもスカートを着るなんて、私は冠婚葬祭や子の式典の時くらい。
Tさんは、少しギャルが入っているけれど、今のトレンドを抑えたファッション。
Hさんは、足が長いことを生かしてなのか、ワイドパンツにコンパクトなトップススタイルが多いのだが、やはり自分の体形やキャラクターに合ったファッションだ。
会長は、年相応といったら失礼だけれど、雑誌から飛び出たようなファッションからは程遠い。しかし、ネイルサロンに行ってるらしいし、身に付けているジュエリーは恐らく本物なのだと思う。
垢抜けてはいないけれど、ブランドバッグを引っ提げて集まりに出ることが多い。
皆、それぞれが自分のファッションを楽しんでいるように見える。

私はというと、まず値段を見て躊躇。結局買わず仕舞い。子の服を買うことでやり過ごす。自分の服を買う時のような、変な罪悪感に駆られることもない。そして、もう何か月もネットショッピングの買い物かごに入れたままの服がある。
それらも、シーズンを過ぎてセール価格で売れてしまったのか、「現在この商品はお取り扱いありません」の表示に変わってしまった。

欲しい欲しいと思うと、欲求は高まるばかり。食欲と同じで、我慢し続けるとそのリバウンドが酷くなることも知っている。
そうならないうちに、このストレスを上手く発散させてしまいたい。




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ラーメン三昧

夫から、台風に備えてたんまり買ったカップラーメンやその他諸々の備蓄品について文句を言われた。
今回、我が家には被害が及ばなかったので、その全ては無駄だったと言わんばかりだ。
生活費がその分足りなくなり催促したのだ。


「あのさ、もうちょっと考えたら?」


賞味期限が間近だったことも、気にくわなかったのだろう。
私が母として、娘と二人でどんな不安な夜を過ごしたのか、備えをしなくては居てもたってもいられなかったのか、彼にはまったく想像出来ないのだろうと思うと、ただただ残念な気持ちになった。


「こんな一気に、ラーメン食えっていうの?ありえないわ。」


「分かりました。私が今日も明日も明後日も、全部処理しますから。」




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夫はその言葉に、不快感を示す。硬い表情で、自室へ引き上げて行った。
宣言通り、その日の昼は夫と子にはチャーハンとサラダを作り、私はラーメン。夕飯は、カレーライスを作り、私はラーメン。
そして今朝も、目玉焼きとサラダと味噌汁その他を彼らには作り、私が座るべき場所には、これ見よがしにカップラーメンを置いていた。
夫はそれを目にし、うんざりした様子だった。だが、何も言わなかった。
残り、7個もこの調子で片付けるつもりだ。勿論、夫と共に食事をする時に限るけれど。




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  • category:

  • 2019/10/15

好きなことだけして

ノンフィクションを観た。
ニートをしながら生きているという男性達。
彼らは、社会に縛られず自由に生きたいと思う反面、シェアハウスなどをすることで人とのコミュニケーションを猛烈に求めている。
生きていく為には、金が必要だ。金を得る為には仕事が必要だ。その仕事の殆どは、人との関わりが必要だ。そしてその関わりは、「好き」だけで済まされるものではない。
むしろ「嫌い」で埋め尽くされていることが多いのかもしれない。




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生き辛さを抱えている人達は、社会に馴染めずはじき出される。居場所を求めて動くガッツがある人達は、それなりのコミュニティを見付けて同じような仲間と共にこうやって孤独感を感じずに生きていけるのだろう。
それこそ、「好きなことだけして生きていく。」が実現出来るのだろう。
しかし現実は、それ以外のー、流れに身を任せて浮遊しながら溺れそうになっている不器用な、表面的には普通に生活して見える人々の方が、圧倒的に多く感じる。

自分が生きやすいように生きること、頭がいい人は、それを見付けるのが上手いのだろう。 ただ、どうしても彼らの瞳の奥に、どんよりとした闇を見てしまう。どこか世の中を諦めたような斜めに見たような、例えば若い政治家だったりスポーツ選手のような、輝きを見付けることがどうしても出来なかった。


「自分の為に働きたくなかった。」


最後、男性の影響を受けてカフェを始めた若い店主の言葉。人が生きる根源は、ここにあるのだと思う。




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一夜明けて

一夜明けて・・

テレビやネットの情報に、子と二人きりで心細い夜を過ごした。
台風一過の今日、爽やか過ぎる秋晴れ。

窓ガラスに貼ったテープを剥がす作業に、午前中はほぼ費やした。跡がビッシリついてしまい元に戻すのが大変だ。

3.11を思い出す。あの頃も、不安な夜を過ごしたし、また夫も不在だった。
まだまだ被害を受け、大変な思いをしている方々も多いと思う。
ただ、今は日常が尊い。




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