しまった。
明日がバレンタインだということをすっかり忘れていた。
恐らく、夫も。
いつもなら、義実家用のチョコを贈れだとかなんとか言ってくるのに、今年はスルー。
夫も娘の受験のことで頭が一杯なのだ。
それでも、義姉らからは毎年恒例、夫宛に高級チョコレートが贈られてくるだろうし。
だから私の方も義父へのチョコをスルーする訳にはいかないのだ。
義父が入院騒ぎでそれどころではないにしても、義実家で共に暮らす三女は私の行いに目を光らせている。
夫に、忘れていたことを伝えたらなんと言われるか分からない。
なので、こっそりデパ地下へ行って配送手続きをしなくては。
しかし、今日はパート。
なので、チャンスは昼休みしかない。一応、都内なので一駅先にデパ地下がある。頑張れば行けないこともない。勿論、昼抜き覚悟だけれど。
今日も気忙しい一日となりそうだ。
今日は仕事休み。
パートを始めて、休みの貴重さを本当に感じるようになった。
ゆっくり自分のテリトリーで珈琲をいただく幸せ。
相変わらず仕事は出来ないけれど、家に一人でいる時は誰に何を言われることもなく、見られることもなく、自由気ままに過ごせるのだ。
年末年始の休みも、結局のところ主婦にとっては自由な時間などなかった。
なので、今日は本当の意味での休みなのだ。
子が帰宅するまでの間、家事を早々に済ませゆったり過ごしたい思いでバタバタ動いた。
掃除、洗濯、そして買い出しや郵便局での所用、それに夕飯の下拵えに明日からの作り置きなど。
すべてが終わる頃、はっと気付くと既に14時を回っており、しかし子が帰宅するまでに2時間程度あるので、スーパーで買った半額シュークリームをお供にうちカフェをしようと珈琲を淹れた。
と、その時に電話。
弟からだった。
ゆっくりしたいのに出来ない。ぽっかり空いた時間は結局、家族の為に削られるのだ。
パート先で、聞き耳を立てている訳ではないけれどそれとなしに仲間内での会話が耳に入って来ることが多い。
この日は、介護付きマンションについての話だった。
「いずれ住み替えを考えているんだけどね。家を売っぱらって介護付きマンションがいいかなと思ってるのよ。」
「え?でも娘さん達反対するんじゃない?」
「いいのいいの、もうね、子育てはおしまい。私達は老後のことで手一杯。娘は大学まで出したんだし婿と二人で共働きしてるんだからなんとかしてもらわないとね。私達の遺産をアテにされたんじゃたまらないわよ。」
「もうね、色々ボロが出てるし。リフォームするにも何百万掛かるし。それに、一番は子ども達に迷惑掛けたくないからね。遺産は残せないけど、その代わりったらなんだけど老後に世話になるつもりもないからね。」
「えー!そういうお義母さんだったらいいなぁ。うちの義母なんてね、同居だけど私のパート代まで管理するんだから!」
「それはおかしいよ!旦那がね、あんたの味方してやんなきゃ!」
こんな調子で、作業をしながらぺちゃくちゃお喋りをするものだから、どうしてもその会話が気になり作業に集中出来ないのだ。
アニメだとかゲームの、もっと私とは無関係で興味もない会話なら、そちらに耳が傾くこともないのだが。
どうしたって、同じ立場ー主婦であり嫁である立場だったり、自分の数年先の未来にいるだろう人間の会話は、身近でもありつい聞き入ってしまうのだ。
「介護付きマンションに住めるなんて、一部のセレブだよ。うちはおんぼろでも修繕しながら死ぬまでやってくしかないけどね。」
そんな意見が殆どで、ここでパートをしているイコール、けっして生活水準が高い訳でもなさそうだ。60前後のおば様達が、それでもちゃきちゃき生き生きと働いているのだけれど。
ふと、義実家の今後を思うと気分が落ちる。義父の検査結果により、またひと悶着ありそうだ。いったい誰が義両親の身の回りに世話をするのか?というか、三女がいるから私だって安易に近付けないものがある。もう、結婚もしないだろう独身の三女。
夫が義姉らに借りた金はどうなってるのだろう。義姉からしたら、嫁である私にも貸しているのだという態度だった。可愛い弟の為にーというのは、独身であったらで。結婚したら弟であっても嫁とセットでカウントするのだ。しかもそれが気に食わない嫁だとしたらー
「OOさんにも今後のこと、意見貰いたいわね。」
金を貸しているのだから、義両親の身の回りの世話くらいやって当たり前。そう言われたら、私は言い返せるだろうか。
長女にチクリと言われたこと。あの時は聞こえない振りでスルーしたけれど、次は通用しないだろう。
義実家は、色々と問題があるけれど金に関しては常識的。
節目のお祝い等、お歳暮やお中元、それにお年玉など。
義姉からー三女は独身だけれど、子には生まれた時からお祝いは勿論、お年玉をいただいている。
なので、夫の手前、私はずっと弟からーと嘘をつき、子へのお祝い等立て替えて来た。
今回もそう。
子にとっては叔父である私の弟からは何もない。だが、そういう訳にもいかないので、私が弟からという体で子へのお年玉を用意。
しかし、段々とその金額が大きくなっている事実。
今年は三女から1万もらったので、それに合わせて同じく1万を弟からーとしたら、私の微々たるパート代は飛んだ。
お年玉問題、各家庭色々とあるだろうけれど。
悩ましい問題だ。
朝から喉のつかえと吐き気、それに胃痛で辛い。
昨日の義実家訪問ではクタクタ。
義父は少し痩せたように見えたけれど、空元気というか、何とか自分を保っている風だった。
それに反して義母。
介護が必要なところまで来ているはずなのに、なんだか血色も良く、それにこの間会った時よりも口数が多かった。
もしかしたら、リハビリの効果?
もう悪くなる一方だと思っていたのに、義父の健康に不安が出来た途端のこの変化。
なんだか夫婦は天秤のように思えた。
胃酸が上がる。
喉周辺が酸っぱい。
義姉達は、不安を打ち消すかのようにお喋りに興じていた。
子の受験のことで根掘り葉掘り聞いて来たのがうざったかった。
「もっと上、目指せたんじゃないの?だって、学校は不合格出したくないからね。」
「え?聞いたことない、どこの高校?」
三女はスマホでサクサク検索、偏差値を割り出してため息。
「あー、うちの家系では初めての感じだね。こういうところ。」
義姉達にとっても、子は姪であり血の繋がりがある。なので可愛い反面、だが私の血に対する嫌悪もあるのかもしれない。
遠回しだったけれど、彼女の子どもの能力と比較しマウントを取って来るあたりがなんとも厭らしく、そして傲慢だった。
金さえかければー、小学校から塾にも通い、また私立に行っていた甥や姪と比較しないで欲しい。
「うちの子達は、地頭がいいから。苦労なく、大学まで進んでくれて親孝行よ。」
夫も、この時ばかりは面白くないのかだんまりだった。やはり、出来が悪くも我が子が可愛いのだ。それを実姉に遠回しでも馬鹿にされたことが嫌だったのだろう。
「もう、帰るか。OOも待ってるし。」
子は自宅で留守番をしており、それもあるけれど。いつもなら飲み食い入ると丸一日滞在は必須だったのに、ものの数時間で帰り支度を始めた。しかも、まだビールのみで義兄達と日本酒や焼酎で盛り上がるのもこれからーという時だったのに。
帰りの電車の中ではお互い無言だった。
だが、
「土産、買ってくか。」
突然踵を返し、駅中の有名タルトの店に寄った。そして、子の分と私達の分のタルトを買おうと言い出した。
1ピース、800円程する高級タルトだ。
「え?私もいいの?」
「あぁ。皆で食べよう。」
こういう時、夫に家族を感じる時がある。
それは本当にたまにのことだけれど。
それでも、箱に綺麗におさまった3つのタルトを眺めていたら、まるでそれが家のように思えて、大事に大事に抱えて家路まで向かったのだった。