にほんブログ村夏休み第一弾ー、少し足を伸ばして子と共に風鈴を見に出掛けた。久しぶりの電車に、子はワクワクする気持ちを抑えきれないようで、始終はしゃいでいる様子が可愛かった。
夫は仕事柄、夏は繁忙期に入る。なので、毎度の休日出勤。この分だとお盆も母子で過ごすことになりそうだ。学校の友達もさすがに土日は親や兄弟と過ごすのだろう、それに、父親が盆休みに入れば帰省するのかもしれない。ようやく子を独占出来るのが嬉しく、しかし、数年前は子と二人きり、どうやって持て余した時間を過ごそうかと四苦八苦していたことを思うと、ようやく子も話が分かるまでに成長したのだとしみじみする。
この暑い中、わざわざ風鈴を見に行こうと思ったのは言うまでもない、先日から始めた趣味である写真の腕を上げる為。一人だと億劫な写真撮影も、こうして子と出掛け先で撮るそれは、有意義に思えるし撮り甲斐もある。
そして風鈴市に到着し、思うよりもずっと多くの人々がひしめき合う中で、それと負けじに数々の風鈴が軒を連ねている姿に圧倒された。
風鈴の音も、一つならば風情もあり涼しげなのに、こんなにも多くの数だと、むしろ涼を感じることなど無理な話、単に騒々しく暑苦しいものにほかならない。
「ママ、すごいねー!」
子が迷子にならないように、ぎゅっと手を握る。家族連れやカップルなどが風鈴の前で写真撮影をしたり、また吟味したりしていた。我が家にも一つーそう思い、子も私も気になった風鈴を手に取る。
「ママ、その動物の風鈴可愛いね、買って帰ろうよ。」
しかし、値札を見ると1500円もする。風鈴一つにその値段は高く思い、取り敢えずその風鈴をカメラに収め、しぶしぶ子に他の物も見てみようと提案した。
「うん!じゃあ他のも見てみてなかったらこれ買おう!」
ガラス製のものや陶器で出来たもの、竹細工だったり真鍮だったりと色々な素材で作られた風鈴たちは、その作り手のカラーと融合され、各々個性溢れる作品となっている。
色々見てみると、大体1000円~が売れているようだ。500円程の物もあるが、安いものは百均でもありそうな定番デザインだった。交通費を掛けてここまで来たのだし、思い出に1500円の風鈴を買うことは、大して贅沢でもないように思えて来た。
「やっぱりさっきのがいいね。あれ、買おうか。」
「うん!やっぱりあれがいいよねー!絶対。」
風鈴を購入している人々も、1000円~3000円辺りの価格帯で決めているようだった。私も子も気に入った動物の風鈴。ちょっと変わったデザインなのと、またインスピレーションが二人同じタイミングだったこともあり、先程の出店に戻った。
首からタオルを掛けた、私と同世代の女店主が営むその店に置かれている風鈴たちは、どれもこれもちょっと変わったーしかしセンスのあるデザインの物ばかり。
子と共に、お目当ての風鈴を探す。しかし見当たらない。
「あれー、ないね。どこだろう。」
隈なく探すが、どこにもない。さっき見た時は3つ程同じデザインの物があったというのに。在庫があるかもー、そう思い、店主に尋ねた。
「あの・・ここら辺にあった動物がたくさん付いている風鈴は在庫とかありませんか?」
「あー、あれはここに出ていただけなんですよ。毎年人気ですぐに売れてしまって。ついさっきも売れちゃったんですよね、御免なさい。」
道を1往復している間に3つも売れてしまったというのだ、優柔不断な性格が災いした。子に説明すると、心底残念そうな顔をした。
「じゃあ、あのお花のは?」
同じようなデザインで、もう少し凝った造りの風鈴があり、正直動物の物の方が可愛かったと思いながらも、値札を見ると4000円近い。
流石に風鈴ひとつにそれだけの金を出す気になれなかった。
「うーん、ちょっとこれはあんまり・・」
言葉を濁していると、
「え!?高いの!?」
大きな声で子が尋ねる。普段私が値段ばかり気にしているからだろうか、子も最近何かにつけてあれは安いこれは高いと物を選別するようになってしまった。
「いや、やっぱり本当に気に入った物を買おうよ。」
「えー、あのお花の可愛いよ、あれにしたい!」
子も、本当に欲しいわけでもなく、単に駄目と言われたから意地になっているようでもあった。店先で押し問答をしている横で、子と同世代の女の子が、その花の風鈴を指して、
「パパ!あの風鈴可愛いね。」
「え?どれどれ、あ~、いいね。」
そう言いながら手にとっている。それを目にした子が、あ~あ、と言わんばかりに私を見る。どちらにしても買う気はなかったので、その場を離れようと子の手を引っ張るが、子が動かない。
「これ、下さい。」
結局その男性はあっさりその風鈴を購入し、それを見届けることになった子は地団駄を踏む思いで悔しがり、一気に機嫌が悪くなった。
「ねえねえ、チョコバナナでも買おうか。」
子の機嫌を取ろうと屋台で釣るが、
「いらなーい。もう帰る。」
子はふくれっ面。暑さも手伝い私もイライラして来た。
「そう。じゃあ帰る?ママはまだ風鈴見たいから。一人で帰りなさい。」
聞き分けのない子にうんざりして突き放すと、子が突然人混みに向かって走り出した。「あ!」っと思った時には手遅れで、すぐに姿を見失ってしまった。子の名を呼ぶにも風鈴の音と大勢の人ごみに紛れて届かない。自分の声ですら聞き取れない状況だ。
それからは、ひたすら探して探して探し回った。3往復もし、汗で体中はびっしょり、顔は真っ赤。子は手ぶらだ。飲み物すら持っていない、このままだと熱中症になってしまう!
とにかく迷子コーナーらしきものを探すことにし、入口へと向かう。人ごみをかき分けて、足がもつれそうになりながらも走って走って、その間も子によく似た後ろ姿があればそれを追いかけ確認し、違うと分かれば失望しながら先に進んだ。
「・・マ、マーマ!!!」
遠くから聞きなれた声がした。
振り返ると、そこには見慣れた子の姿があった。ものすごい安堵に包まれたのと同時に言いようのない怒りが湧いてきた。
子の手をつかみ、人のいない場所へ引っ張る。子の手首の血流が止まってしまう程の強さで。
「イタイ!!」
子が叫ぶのもお構いなしに、ぐんぐん引っ張り、ようやく人気のない場に移動すると、私は子の頬をひっぱたいていた。思い出すのは、子が目を丸くし驚いた表情をしたのと、掌がジンジンと熱を持ったような感覚ー
落ち着いたところで、よくよく言い聞かせ、子は泣きながらも私に向かって謝り仲直りした。
猛烈に喉が渇いていたので、ラムネを2本買い、焼きそばとホットドッグで腹を満たす。二人で黙々とそれらを平らげ落ち着いた後に、気を取り直し、再度風鈴の写真を撮るためもう1順することにした。
今度は大人しく、私に手を引かれるままに付いて来た子だったが、ここに来たばかりのはしゃいだ姿はすっかり成りを潜め、トボトボとただ歩いている。私も、さっきまでの楽しい気持ちはすっかり消え失せ、子に手を上げてしまった罪悪感から心底楽しむことも出来ず、そんな気持ちで撮る写真はどれもピンボケだったりでうまくいかない。
結局、互いに萎んだ気持ちのまま、それでもここまで来た証にと、ひとつ風鈴を購入した。800円程の幾何学模様の入った風鈴だ。しかし、後から無理に買わなくても良かったと後悔した。
なぜなら、窓際に吊るしたこの風鈴の音が耳に入る度、掌が熱く痛みを帯びるー、そんな錯覚に陥るからだ。そして子も、この風鈴を目にする度に、叩かれた頬の痛みを思い出すのかと思うと、心の奥が小さく震えるのだ。





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