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ーバイト最終日ー
終わりを迎えるとなると勝手なもので、あんなに憂鬱だった朝がいつもとは違った景色に見える。凝縮された慌ただしい朝時間も、言葉を変えれば「充実」となるし、たった2週間程度の出勤だったにもかかわらず、皮肉にも営業や内勤メンバーから名前を覚えて貰え、仕事以外の軽い雑談を持ち掛けられるようにまでなったというのに、彼らと会うのも今日で最後だと思うと、少々名残惜しい気分になっている自分に気付く。
月宮さんは、最初こそ厳しく近寄りがたい存在だったが、それは私同様、相手も私を警戒していたから。ただの要領の悪い、だが真面目なおばさんだと分かるやいなや、自分がデスクで食べているチョコレートをお裾分けしてくれたり、また子供のことを聞いてきたりと、彼女は案外人懐っこい人であった。
飲み会を断ったにもかかわらず、特にそれについてあれこれ詮索されたり嫌味を言われたりすることもなく、いつもと同じように接してくれた彼ら。普通に挨拶をし、普通に仕事をし、普通に雑談をする。何事もなかったかのように、淡々と。また、ミスをしても、石さんを始め、他パート女性達は私をさりげなくフォローしてくれ、また私が必要以上に謝り続けることを静止してくれたりもした。
振り返ってみれば、良い職場だったと思う。短期だから、アラが見えないうちに退散することで良い面しか見えなかったところもあるだろうけれど、それでも私の社会復帰の助走には、コンディション抜群のコースがあてがわれたと言っても過言ではないだろう。
そしてまた、あの小さく窮屈な世界に戻る自分を思うと、深い溜息が出るのだ。
突破口は自分自身ー、自分で何かを変えなければ、何も変わらない。今回のバイトも、結局はその気持ちに押された行動ではなかったか?
段々慣れて来ていたPCキーボード。入力作業もマニュアルをいちいち確認せずとも打てるようになっていた。反して、そのデータ量は初日に比べると比にならないくらい減少しており、あぁ、私の役目はもう終わったのだと感じる。パート主婦はわいわい雑談しながら、何やら年末に向けて伝票の整理をしている。彼女らは短期ではない、常勤アルバイトなのだ。仕事をしているというのに、なんだか楽しそうに見えるのは、私がこの職場に名残惜しさを感じているからなのかもしれない。
来年も、そのまた次の年も、ここにいる人達はここに来て、ここで仕事をする。雨の日も雪の日も、暑い日も。四季折々を共に過ごせる仲間がいるということー、家族以外の居場所があるということー。
ー長期バイトだったら良かったのに・・
あんなにもビクビクしていた社会復帰、そして、馴染めなかったことを想定して、また子がまだ低学年という働き方を考えての、納得行く条件の元の仕事だったというのに、今や後悔さえ残る。
その日のランチは、皆で外で食べることになった。近くの定食屋さんだ。図々しいことに、最後だから皆が奢ってくれるかもしれないーその時はどう断ろう、いや、甘えることにしようか・・あほらしいが、不毛なシュミレーションをしてしまった。私は少々自信過剰気味になっていた。しかし、ランチはただの割り勘ランチで終わった。どこかでがっくりと肩を落とす自分がいた。
午後になり、一人定時までをカウントダウンしながら残された入力業務をする。本気を出せば、ものの1時間足らずで終わってしまいそうなボリュームだったが、ゆっくりと噛み締めるように作業する。周囲はそんな私の気持ちなど知らず普通に業務をこなしている。月宮さんも、いつも通り隣の席で私用電話をし、誰かと楽しそうに笑っている。やることがなくなり、手持ち無沙汰。なんとなく社内掲示板を開け、流し読む。月宮さんは一向に電話を切る気配がない。
定時5分前になった。同パート女性らが帰りの支度をし始める。小さな窓から見える外の景色はもう真っ暗だった。冬の夕暮れ。
チャイムが鳴る。月宮さんがようやく受話器を置く。私の方ではすっかり片付けを終え、挨拶の準備も出来ていた。
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「今日で最後ですね。」
月宮さんの方から話を振ってくれた。
「短い間でしたが、色々とお世話になりました。」
月宮さんを始め、真向かいのデスクにいる男性社員やパートの人々、また上司に頭を下げる。もうここには来ないので、渡されていたロッカーや机の鍵を返却した。簡易的だが短期バイト専用のIDカードも返却した。その他、諸々の手続きをしているうちに、石さんを始めとするパート女性らは次々にタイムカードを押して外に出て行ってしまった。
「お疲れ様でした。」
皆、律儀に挨拶を返してくれた。
そして、ここで花束とかーと期待する私がいた。しかし、あっけなく何も無かった。独身時代、少なくともどの職場も最低1年はいたものだから、このような経験は始めてだった。最終日と来れば、当たり前のように花束が貰えると信じていた私。虚しさが体全体に広がった。
タイムカードを切り、再びフロア全体に向かって出来るだけ大きな声で挨拶をした。
「お世話になりました。」
「お疲れ様でしたー。」
「お疲れ様ー。」
あちこちから聞こえて来る、最後の言葉。もうここには二度と来ないのだなという寂しさ。そして皆、声に出して挨拶してくれたものの、顔を上げてこちらを見てくれる人はいなかった。ドアを開け、また私は期待をする。石さん達が外で待っていてくれているかもしれない・・しかし、パート女性達は既に退社した後だった。
ビルを出ると、外はすっかり真っ暗。吹き抜けるビル風に押されるように、駅前まで歩く。クリスマス直前とあって、街は賑やかだ。何となく目についた花屋に可愛らしいブーケがあった。気が付くと、それを手にレジ前に並ぶ私がいた。2000円弱のそれは、クリスマス仕様となっており、ゴールドの松ぼっくりに赤と緑のリボンで綺麗にアレンジメントされていた。
子を学童に迎えに行くと、
「わぁ、ママ、これ最後だから貰ったの!?」
子が大きな声で花束を指した。
なんとなく、自分で買ったとは言えずに苦笑いをして頷く。学童のスタッフが、
「綺麗ですね。お仕事最後だったんですか?お疲れ様でした。」
私の嘘に気付くはずもなく、労いの言葉を掛けてくれた。自分で買った、送別会花束。かなり虚しい気がしたが、自分で自分にお疲れ様をしたかった。
こうして終えた、短期アルバイト。どっと疲れは出たが、自信は多少なりともついたと言える。次の仕事はどうするかー、まだ考えてはいないが、派遣という道も考慮に入れてみようかと思っている。
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