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どうでもいい案件

子ども会のプレゼントを買いに、駅前のショッピングモールへ。
本来は、3末までに渡したかったところだが、コロナ騒動でバタバタした為、4月始めに役員がそれぞれ手分けして対象者の自宅まで届けることになった。
ネットで色々検索したり子に相談してみたりして、自立するペンケースにした。
カラーは、お楽しみ。一応、男子用と女子用とに分けたけれど。

子が欲しい物―という言葉に甘えて、本当にその通りにした。もしかしたら、既に持っている子もいるかもしれない。
だが、あれこれ悩んで選んだ物でも、結局イマイチの反応をされるのなら、子が喜ぶ物にするのが一番だと思った。


「私、この色が欲しい!」


店に買いに行く前に、ネットで調べていたら、子がPC画面を覗き込みながら要求してきた。
なので、ラッピングの際、包装紙を男女で分けてリボンを更に色別で分けて貰った。これなら、子に希望の色を渡せるし、誰にどの色が行き渡るかも分かる。
何となく、欲しい色があればそれを渡せると、事前に皆に伝えておけばいい。

レジ前でラッピングが終わるのを待っていると、列の中に素敵ママの姿が見えた。思い切り目が合うが挨拶をしそびれる。
彼女は、マスクでも目鼻立ちがはっきりしているせいか、すぐに分かる。だが、私は地味顔なので顔の半分が隠れると誰だか分からないのだろう。
それでも、再び目が合ってしまい、反射的に声を掛けてしまった。わずか、3メートルの距離だったし、彼女が引っ越してから一度も会っていなかったことも気がかりだった。


「こんにちは!」




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一瞬、思い切り不審そうな表情を私に向けた彼女だが、私がマスクを取るとようやく気付いてくれたようだ。


「あぁ!久しぶり。」


ー引っ越したんだね。


という言葉が喉元まで出掛けたけれど、引っ込めた。何となく、こちらから言うことでもないかと思ったからだ。彼女の方は、いつも通り堂々としており、こちらの心情など屁にも思わない感じ。


「謝恩会、残念だったね。折角、歌も練習したのに。」


引越しのことは、完全スルー。


「ラッピングをお待ちのお客様ー」


店員に呼ばれ、素敵ママに子ども会のプレゼントを買いに来たことを伝えた。
するとようやく、


「そうなんだ~うちも卒業までいたかったんだけどね。残念。」


団地妻からセレブ新築妻に昇格した彼女は、言葉とは裏腹に清々したような顔をしていた。


「あ、会計しなくちゃ。じゃあね。」


最後まで引越し報告が無かったのは、私に報告したかどうかなど「どうでも良い案件」なのだろう。
きっと、数年後に街中で会ってこちらから挨拶をしたとしても、スルーされるーそんな気がする。


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自粛の苛立ち

週末は首都圏の自粛要請もあり、夫も仕事は休み。家族3人、家に籠っていた。
季節外れのどか雪。外に出るなの神からのサインなのか。
平日も、ぼちぼちテレワークの日もあるのだが、なんだかんだで出勤しなくてはならない業務もある夫。
不規則で予定の立たない毎日は、少しずつだが見えないストレスにむしばまれていくらしい。
先週から、日に日に増えて行く感染者の数にも、不安感が増す。
この先、一体どうなってしまうのだろう?

子の入学式は今のところ決行する予定だが、それもここ数日で毎日のように速報が流れ、状況が刻一刻と変化していくのだから、どうなるのか分からない。
先行き不透明だ。




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夫も苛々している。とうとう、消毒液の枯渇が露呈し、真っ青になった夫はすぐに義姉に泣きついた。週明けには配送してくれるとのこと。職業柄、消毒液のストックは家族に回せる分くらいはあるらしい。
この件に関して、私がすぐに伝達しなかったことに腹を立てていた。家の中は、どんより暗かった。

ピリピリはすぐに子にも伝染する。空気を読まない要求。ライン解禁の不便さを私達に訴える。この先、休校が長引けば、外出も夫から止められている子は友達とどんどん疎遠になる。
未知の世界である中学生活にただでさえ不安をおぼえるのに、それを共有する仲間がいないのだ。


「そんなこと言ってる場合じゃないんだよ!」


余裕なく声を荒げる夫に、子はむっつりする。 しかし、子にとって「学校生活」は生活の全てなのだ。私達だってその道を通って来たはずなのに、この非常事態で子の心情を慮る余裕などないのだ。


一日の3桁感染者も遠くない。今は動き回らず、じっと耐える時だ。




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最後の仕事

子ども会の最後のイベントは無しになったけれど、6年生に向けてのプレゼントの用意は、私が担当となった。
理由は、「6年生の子どもがいるから」らしいけれど、このコロナ騒ぎで不要不急の外出は避けたいだろうし、皆、わざわざ面倒な用事を増やしたくないのが本音だろう。
しかも、依頼されたタイミングが、都知事からの週末外出禁止令が出た後だ。正直、もやっとする。
にしても、この1年、ろくに副会長の仕事をしていなかった私。ここで挽回するしかない。
会長からは、私の子が欲しい物を予算内で人数分買って来てくれたらいいからとのことだった。

卒業生は、全部で15人。男子よりも女子が多い。女子の分は我が子が欲しい物にするとしても、男子の分が難しい。女の子しか育てたことのない私には、ハードルが高い。

予算は、一人当たり1500円。例年はどんな物を渡しているのか?子ども会グループラインで会長に聞くと、図書券とお菓子が王道だと言う。
それなら、それに倣おうーと思いきや、Hさんが口出しする。


「毎年図書カードじゃあ味気ないよね。もっと記念になるような物がいいと思うよ。」


「そうだね、毎年同じだとマンネリだし、貰う方も詰まらないよね。」


どんどんハードルが上がる。





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皆、好き勝手にあれこれ意見する。買いに行くのは私。最初は私にお任せと言っていたはずの会長も、


「図書カードは確かに味気ないね。やっつけ感満載で。だからといって、筆記用具もありきたりだしねぇ。」


選択肢がどんどん狭まって行く。
結局、皆の意見はまとまらないままに最後は私に託された。
さて、どうしようかと子に欲しい物を聞くと、


「スマホ。」


見当違いの答えが返って来た。




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卒対グループ留年

卒対ラインをまだ退会していない。
何故かというと、謝恩会が出来なかったことでモヤモヤを残したボスママや委員長が、同窓会の企画を始めたからだ。
まだ卒業して間もないのに、もう同窓会とは。
気が早いというか、面倒臭い。
さっさと退会処理すれば良かったのだが、そんなトークが広げられ始めたこのタイミングでの退会は気まずい。
子が私立で皆と学校が別なら後腐れなくお別れ出来るのだが、これから中学も一緒。そして、子の通う中学は、親の出番が多いと聞く。
土地柄なのか?都内ならば、もっとドライな父兄関係だと思っていたのが大間違いだ。




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スネ夫ママのタイムラインを何気なく見てしまう。
すると、先日の卒業式の写真がたくさん。
K君をセンターに、色々な友達と共に写した写真の数々。自分のスマホ内では納めきれない程の写真だから、皆に共有して欲しいいのだろうか。
息子の人望をアピールするスネ夫ママ。そして、幼馴染のボスママの息子との写真は一枚もアップされていなかった。
ボスママの子は、園時代からひ弱でスポーツもあまり出来ず、K君とは相性が悪かった。ママ同士が仲良しだから、仕方なく付き合っている風だったけれど・・
人の子だけれど、しかもボスママは大嫌いだけれどー、彼女の子と私達に接点を感じて胸が痛い。
ボスママは、スネ夫ママと対照的なタイムラインだった。息子君と担任が校門前で写っているもの、それに、家族写真。
正直、そちらの方が好感を持てた。
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ドヤ顔美容師

ドキドキしながら、久しぶりに美容室のドアを開けた。
ネットの口コミや価格帯などを調べ、一番良さげな店だ。こじんまりとした個人経営の美容院。


「今日は、どんな感じにされますか?」


お決まりの台詞も久々過ぎて緊張する。事前にネットで検索し、プリントアウトしたヘアモデルの写真を見せた。
勿論、芸能人ー女優やタレントではない。そんな恥ずかしい真似は出来ない。カットモデルーしかも50代くらいの小奇麗な女性ー恐らく素人の写真を見せる。
ミディアムだが、段が入っており、軽やか。緩くパーマも当てられているのだろうか?全体的にふんわりとしていて素敵。


「あー、こういう感じですね。この変・・を軽くして、立体的になりますよ。パーマを掛けなくても。えっと、もしかして自分でカットとかカラーとかされてます?」


笑いを堪えたような声に、赤面してしまう。プロから見れば、セルフカットもカラーもモロバレだ。貧乏臭い、そう思われたに違いない。


「ここら辺、おかしいですからバッサリ切りますけど、いいですか?この写真のようなカット、出来るんで。」


自信満々に、写真通りの髪型になると言われれば、期待度はぐんとアップする。


「カラーはどうします?」


「えっと、明るすぎない茶色で。」


「色見本、持って来ますね。」


男性が少しして持ってきた色見本は、グラデーションになっており、果たして自分にどの色が合うのは分からず困惑した。


「お客様が言う明るすぎない茶色と言えば・・この辺ですかね。」


男性が指す見本の色は、正直、明る過ぎる気がした。赤茶色というか、微妙な色だ。


「ちょっと、明る過ぎるような・・」


「じゃあ、この辺?」


今度は真っ黒に近い。これでは染めた感は無いし、海苔のよう。


「この写真の女性のようなー」


一瞬、男性が馬鹿にしたようなため息に続き、更に「あんた何も分かってないですね」的な威圧感でこう返して来た。


「そもそも、人によって髪質が違いますから。このモデルさんのような色にしたいとしても、この写真の髪と見本の色と同じにしたところでこれにはなりませんよ?」


「そうですか・・でも、あまり明るくして目立つのは嫌なんで・・」


「じゃあ、どうしたいんですか?まず、どうしたいっていう明確なものがないと・・」


「真っ黒ではなくて、明る過ぎない茶色にしたいんです。」


「・・・明る過ぎない茶色っていっても、色々あるんですよ。ナチュラル、ベージュ、ダークにアッシュ、マットに・・」


一気に捲し立てられ、頭が痛くなる。意識高い系美容師なのか、接客が最悪。まるで教師と生徒のような立ち位置になっていることに違和感をおぼえる。金を払うのが嫌になる程。
だが、てるてる坊主のようにケープをまとい、手も足も出ない状況の中にいる鏡越しの自分は無防備過ぎて、言われるがまま。泣きそうになる。


「ごめんなさい、よく分からないんです。ただ、この白髪をどうにかしたいのと、真っ黒ではない自然な色にしたいだけで・・私の髪質だとどうすればこのモデルさんのような色になりますかね?」


「だーかーらー、人によって髪質が違うんですから、この人のこの色が色見本と同じにはならないんですよ。」




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「そうなんですね、何も分からなくてすみません・・じゃあ、お任せでお願いします。」


「お任せ」というキーワードで、一気に美容師の表情が変わった。苛つきが少しは治まったようだ。しかし、何故、客の私が謝らなけれはならないのか?


「じゃあ、この辺の色とこの辺を混ぜて・・白髪部分も浮かないようにしてみますよ。」


自信たっぷりにそう言うと、黙々と作業を始めた。
カットとカラーをしている間、雑誌もすぐに読み終えてしまったので寝たふりをする。本当は起きているのだが、目を開けるタイミングを失う。


「では、流しますねー」


シャンプー台への移動を促され、ここで初めて目が覚めた風を装う。もう、どうにでもなれという気持ち。


「痒いところはございませんか?」


本当は痒い。あそこもここも。だが、すました声で「いいえ。」と答える。
力加減が、弱い。もっと強く洗って欲しい。頭皮がざわざわして気持ち悪い。シャンプーの腕も最悪。
その後で、今度はマッサージ。相変わらず、自信満々に力任せにあちこち叩いては押す。凝っていない部分に思い切りぐいぐいと、して欲しい部分はさらりとで、痒いところに手が届かない。
大きなドライヤ―を髪に向けられる。顔中にバラバラと濡れた髪の毛が当たり、口の中にまで入る勢い。チラッと鏡越しに見る美容師の顔は、やはりドヤ顔。


「前髪、どれくらいにします?」


「眉毛に掛かるくらいに・・」


「はい、出来ましたよー」


「!」


「どうですか?」


なんだこれ。短い。しかも、ぱっつん気味で年齢不詳感甚だしい。ワックスを掌につけ、スタイリング。カットはまあまあ見れなくはない。少し軽やかになった風だけれど、欲を言えばもう少しすいて欲しかった。
そして、色。白髪はすっかり染まっている。後ろ姿を合わせ鏡で見せて貰い、それにはほっとしたけれど、カラーは暗い。
部屋の中だからか?自然光に照らせば、艶やかなダークブラウンになっているのだろうか?
全体的に、イメージとは程遠い感じだったけれど、精一杯の笑顔で答えてしまうのが私だ。


「はい、いい感じです!ありがとうございます!」


早くこの店を立ち去りたい気持ちが勝り、心にもないことを言う。だが、美容師はその言葉を鵜呑みにしているようだ。
会計を済ませ、そそくさと店を後にした。
帰宅し、子が私の髪を見て一言。


「なんか、真っ黒だね。」


出来栄えーがどうこうではない。接客が最悪。不快感で一杯だ。こんな店、もう二度と来ない。口コミでガッツリ悪口を書きたくなった。


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専業主婦として感じる1円の重み

中学になる子の為に、部屋を広くしようと断捨離していたら、大量の未使用年賀状が出て来た。

夫と結婚した年度のもので、結婚しましたハガキのミスプリも数枚。懐かしいが、こんな頃もあったのだ。
十数年前のものだし、勿体ないけれど捨てようかと思いつつ、ネットで調べると郵便局で引き換えが出来るらしい。
現金ではなく切手としてだけれど、それでも有難い。計算すると、なんと三千円分程だ。

子を留守番させ、郵便局へ。
思ってもみなかったけれど、子とですら二人でずっと家に引きこもっていると気が滅入る。だからといって一緒に外出ーとなれば、無駄に金を遣うことが多い。

郵便局へ行き、早速ハガキと切手の交換を申し出た。受付の人は新人?なのか、あたふたして見えた。
まず、計算から。枚数を数える手元がおぼつかない。

背後に視線を感じ、何となく振り向くと、私の後ろにいつの間に人が3人程並んでいた。




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ようやく金額が出たようで、それに合わせて計算して切手をくれるのかと思えば、その判断を私に委ねられた。

取り敢えず、一番使う84円切手に交換しようかと思うけれど、一体何枚くらいになるのか?携帯を取り出し、計算機能を使うと40枚程。
そんなに使えるはずもない。ならば、63円もあった方が良いかもーそう思い、半々くらいで交換したいと伝えた。
すると、困り顔の受付女性。
後ろに並ぶ人達のプレッシャーもあり、適当に計算した枚数を交換してもらうことにした。


「えっと、その枚数ですと、40円程交換出来ないのですがどうされます?他の金種にしますか?」


「あ、そうですか。じゃあ・・」


再び携帯を取り出して計算し直そうとすると、


「すみませんね!もうしばらくお待ち下さーい!」


受付女性が、私の背後の人達に向けて声を掛けた。まるで、彼らから与えられていたプレッシャーを私の方に仕向けるかのような声掛けだった。


「やっぱりいいです、それで交換して下さい。」


今思えば、端数は1円切手にすれば良かった。84円と63円に拘ってしまったのと後ろの人達の苛々を感じてしまったことで、実際の交換額を下回る結果となった。
我ながら、ケチ臭いと思う。だが、5円10円安いスーパーをはしごする専業主婦としては、なんだか損した気持ちで一杯になったのだ。




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自粛解放

美容院へ行くことが決まり、ネットでついついヘアカットのカタログを見てしまう。
目に留まるのは、軽やかなボブやふんわりショート。
春らしい素敵なヘアスタイルに憧れる。

ファッションも大事だが、若々しさだったり垢抜けを制するのは、やはり髪型。今現在、私は白髪交じりのミディアム。肩下に伸びたこともあり、いつもは一本結び。
だいぶ前にセルフパーマをしたので、くせ毛風ミディアムといったところか。
自分では、タレントで元々くせ毛のある女性がセルフカットをしているのを知り、しかもそのヘアスタイルが自然で可愛らしかったのでやってみようと思ったのがきっかけだった。
美容院代を浮かせられ、一石二鳥。
それに、肩下ミディアムはアレンジが効く。一本結びは、慣れてしまえば楽だ。だけれど、素敵ママらがしているような「こなれ感」なんてものは出ない。
素敵ママを真似て、おくれ毛や髪をランダムに引っ張り出せば、一気にやつれ感。顔立ちが地味だからか、メイクが下手だからか、そもそも雰囲気が暗いからか。

バッサリとショート・・に憧れる。憧れるけれど、ショートやボブは手入れが大変。髪を短くし、大振りのピアスなんてしたら一気に垢抜けそうだけれど、3か月に1回美容院に行くなんて無理。
そして、自分で手入れするのには難易度が高過ぎる。




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なので、ひっつめ一本結びが出来る長さをオーダーしようと思っている。正直、野暮ったいけれど、40を過ぎたおばさんなのだ。悪目立ちしないし楽。
一番は、この白髪をどうにかすることなのだ。


ーどの美容院にしようか・・ネットで口コミをリサーチしまくる。


「ママ、ママ!!やかんの火がつけっぱなしだったよ!」


子に言われ、はっと気付く。危ないところだった。あれからずっと、落ち着かない私がいる。
思いがけず、夫から金を渡され美容院行きが現実を帯びると、心がウキウキしているのは否めなかった。
まだ私にもそんな浮ついた心が残っているのだ。春だからだろうか?コロナ疲れからの現実逃避からだろうか?
夫が、娘にそそのかされたとはいえ、私の為に大金をはたいたからだろうか?
ここずっと、自粛モードで気分も塞がりがちだったけれど、生活必需以外のことで悩めるのは幸せなことだと実感している。




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卒業写真

卒業アルバムの個人ページに写る我が子は、はにかんだような笑顔。
だが、全体ページの恐らく「仲良し同士」で撮影したと思われる中の我が子は表情が硬い。外された地味グループの子と一緒だからだろうか。
この頃はまだ、このグループに属していたのだろう。だが、うまくいかなくなり始めた時期のようだった。
子以外は、ノリノリな感じで何かの真似?なのかおもしろポーズをしているのに対し、子だけが端っこに立っている。彼女等との間にわずかな隙間があるのに気付く。




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卒業まじかに仲良くなった二人は、二人きりで写っていた。仲良し二人組だったのだろう。
その他、男子もそれぞれが5人だったり3人だったりと仲良し同士、運動場だったり理科室だったり、教室だったり音楽室だったりと、好きな場所で写真撮影をしていた。
個人的に、友達と撮影は叶ったけれど、一生残る卒業アルバムを開く度に、この全体写真ページを捲れば、あの苦い思い出が蘇る。
もう少し、タイミングが遅ければーとも思うけれど、嫌なことも含めて子の人生の一ページだ。

1年生の頃からこれまでの集大成ともいえるアルバムに、成長を感じずにはいられない。
我が子だけではない、知った顔がいくつも。大嫌いなスネ夫ママの息子ですら、低学年の頃はあどけない表情をしており、思わず笑みがこぼれた。




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中止

コロナウイルスの影響により、子ども会の最後のイベントも中止となってしまった。


「6年生には可哀想だけどね・・しょうがないようね。」


会長が、私を気遣うような目線を向ける。
6年生の親は、役員内では私だけなのだ。
春休みに行うはずだった最後のイベントは、6年生のお別れ会。毎年、ささやかながらも集会所を貸し切ってパーティーをするのだ。
だが、この状況下で行うことは不可能。集客人数を考えれば、致し方が無い決断だ。
子は、Dちゃんらと最後のイベントに参加出来ないことを嘆いていた。普段、学校ではクラスも違うし放課後も遊ぶことはない。
だけれど、子ども会の中ではすんなり彼女達の輪に入り、活き活きと活動していたのだ。
なんだかんだ6年間活動した子ども会。子には子の世界がある。その小さな世界の中で、子ども会の占める割合は大きなものだったのだ。

引き継ぎ資料も出来上がり、次の役員との顔合わせもしなくてはならないのだが、このコロナ騒ぎで3月中に出来るかどうかというところ。
しかし、会長が次も引き継いでくれることになったので、そもそも引き継ぎも形だけになりそうだ。




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おばあちゃんみたい

「ママ、すごい白髪だよ。」


背後から子に言われ、鏡で自分の後頭部を確認すると、ついこの間染めたばかりの場所が銀色に戻っていた。
子の卒業式だからと、気合を入れていつもより割り高な毛染めを買ったのだが、逆効果だったのか?
いや、実は、この一年で見過ごせない程の白髪量増加。ここまで多くなかった。
髪の一部を上に上げると、ほぼ半分は白髪なのではないだろうか。だが、半分だからみっともない。
最近流行っているグレイヘアにも及ばない。


「おばあちゃんみたい。美容院、行ったら?髪型も、なんか変。」


セルフカットとちょっとしたパーマでくせ毛風にしていたセミロングも、自己満足だったようだ。 我が子にそんな風にはっきり指摘されると、一体、他人からはどう見えていたのかと心配になる。



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夫もその場にいたので、私達の会話を聞いていたようで参戦して来た。


「50歳過ぎに見えるな。みすぼらしいぞ。千円カットだってあるんだからケチるなよ。」


自分は、男の癖にカットとカラー、それに軽くパーマを掛けたりスパをして、一度に掛ける美容院代は2万円弱らしい。
以前、美容院のレシートが捨てられていたのを見て、その金額に驚いたのだ。


「お金、ないし。」


「まぁ、どこに行くでもないし、家にいるだけだもんな。」


すると子が、


「パパ、ママに綺麗になって欲しくないの?パパこそケチなんじゃないの?自分ばっかり綺麗にして。ママ、自分で髪切ったり染めたりしてるんだよ。お金が勿体ないからって。」


痛いところを突かれたのか、夫は気まずそうな顔をした後に、なんと私に一万円を差し出した。


「OOの入学式もあるんだから、ちょっとは小奇麗にしておけよ。」


言い方は気に入らないが、それでも子が味方をしてくれ、しかも夫が負けた形になったのが嬉しかった。

美容院なんて、もう何年も行っていない。正直、苦手な場所だ。
だが、自分ではどうにもこうにもならないこの髪を整えるチャンス到来だ。




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さよなら、小学校

卒業式が終わった。

短縮した形で終わった式典。歌や呼びかけはなかったけれど、校長から生徒一人ひとりへの卒業証書授与は行われ、こじんまりとしたのがかえって、心に残る式となった。
保護者1名なら参加しても良く、我が家は夫が仕事を休めないだろうと以前から漏らしていたので、その点では影響は無かった。
あっけない程に、式典自体は終わってしまったが、その後それぞれが集まって写真撮影を校門前で始めており、子を探すと一人心もとない様子。
以前、仲の良かった地味グループは、ワイワイ集まって母親に写真を撮って貰っており、子はそちらの方をチラチラ気にしている風で切なかった。
スネ夫ママやボスママが、大声を張り上げて写真撮影。


「幼稚園グループ!集まって!!」


孤高の人達に声を掛けていたので、すっとその場を離れる。私達親子は、お呼びではないのだ。
いまだにつるんでいる彼女等を馬鹿にしつつも、羨ましい気持ちがあることは否めない。 そして、子に申し訳ない気持ちになる。
子が最近仲良くなった友達を探すと、ピロティの方で母親交えて談笑しているのが見えた。
だが、2人ではない、他のクラスの子達なのか幼馴染なのか、習い事繋がりなのかは分からないけれど、10人グループ程の大きな輪になっており、とてもじゃないけれど入れそうもない。


ー情けない。


子に対してではない。母親としての私に対してだ。こんな晴れの舞台に、周囲を気にしていることが、情けなかったのだ。
気を取り直し、明るく子に声を掛けた。


「あっち、お花もあるし。校舎をバックに撮ろう!」


校門前は人が多く、勿論、教師とのツーショットも大勢の生徒とその保護者が並んでいた。


「OOちゃん!」


振り向くと、Dちゃん達。子も、声を掛けられて嬉しそうだった。


「写真、撮りましょう!」


もじもじしている我が子を前に、つい出しゃばってしまった。Dちゃんママや素敵ママにも挨拶をした。勇気を出して。


「本日はおめでとうございます、写真、ご一緒してもいいですか?」


「勿論、はいはい、並んでー!」


Dちゃんママが子供たちに声を掛ける。皆、一列に並ぶ。同じ幼稚園でもないし、私は彼女らのグループでも無い。
ただ、こうして一緒に写真撮影をするきっかけは、子が子ども会に入っていたからだ。そして、直接的な関係はないけれど、私も子ども会の役員を柄にもなく頑張ってきたことが、ここで報われた気がした。




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ひとたび勇気が出れば、妙なアドレナリンが出たのか、子が仲良くなり始めたという友達のところにも行けた。
自分でも驚くが、ほぼ初対面の母親達に挨拶まで。


「すみません。OOがいつも仲良くさせていただいてて。色々とお世話になりました。」


突然声を掛けられて、母親達は驚きつつも受け入れてくれた。それは、彼女らの子ども達が子を見付けてすぐさま走り寄り、きゃあきゃあ楽しそうにはしゃぎ出したからだ。


「いえいえ、こちらこそ。ありがとうございました。」


深々とお辞儀を返される。
子は、受け身でありながらも、本当に嬉しそうな顔をしていた。


「写真、いいですか?」


もう一度、勇気を振り絞った。なりふり構わずーということは、こういうことか?それでも、小学校生活最後の思い出は、友達と共に笑顔である子の姿を残したかったのだ。
必死過ぎる私に、母親らは少し戸惑ったような表情だったけれど、3人を並ばせてしまえば、彼女らもカメラを向ける。


「またね。」


「バイバイ。」


仲良しの一人は、私立へ行くのだそうだ。目が真っ赤に腫れており、悲しみも人一倍といった感じだった。
殆どの子ども達やその親は、まだまだ名残惜しいように校門前にたむろしており、コロナ自粛など無かったかのように食事の約束をし合っていた。
私達親子は、そこまで熱い輪に入ることが出来なかった6年間だけれど。それでも、今は誇らしい気持ちだ。
色々あったけれど、卒業出来た。
そして、最後は笑顔で6年間過ごした校舎を後にすることが出来たのだから。




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飛翔

6年間

毎日毎日

このランドセル

全ての感情を、この箱の中に詰めていたから

重過ぎる

そんな文句、時々

それでも、自分で背負って

時に、忘れ物をしたりして

気付いて欲しいサイン

それに気付けず反省した夜もあった




あれこれ全部を思い出に変えてー

そんな都合の良いことは言えないけれど




おめでとう

君は、これからー

続く言葉は、夢

そして、希望




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怖い出来事

ここずっと、消毒液探しをしているが、ようやく見付けたのは携帯サイズ。
それでも、朝から並んでお一人様1点限りのマスクや消毒液の棚に、ラス1だったのですぐに飛びつく。携帯サイズなので、掌に余る程のサイズだから、数十mlしか入っていない。
この容量では、夫のあの使い方では数日ももたないだろう。
この量で500円程する消毒液。何となく勿体無い気持ちになり、棚の前に立ち尽くす。
戻そうかーと思いながらも、背後に人の影。私が手に取っているそれをあからさまに見ていることに気が付いた。
その男性は、突然大きな声でスマホ越しに誰かと話し始めた。


「全然無いんだよ!朝から並んでたって無いもんは無いんだよ!え!?はぁ!?携帯サイズだってもう売り切れだよ!」


何となく、私に向かっての言葉に感じ居たたまれなくなった。ついその場を離れる。手には、迷っている携帯消毒液。トイレットペーパー売り場の方へ逃げたら、まるで追い掛けるかのように男性の声。


「だーかーら!!もう無いんだって。朝から3件回って無いんだから今日はもう無理だって!」


苛立ちながらも、消毒液を持つ私の横にピタッと立つ。怖くなり、そのままレジに逃げ込んだ。
男性の気配を感じ、すぐさま自転車に乗り込み猛ダッシュ。途中で何度か回り道をし、つけられてはいないか確認しながら家路に着いた。




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「ママ、おかえり。」


留守番していた子が、取り乱した私に驚く。


「どうしたの?」


「・・・何でもない。消毒液、買えたよ。」


「ちっさ!!」


子は、遠慮無い。だがすぐに、


「でも良かったね。もう家の無くなりそうだし。取り敢えずちょっとでもあれば安心だよ。」


ドラッグストアーでつかみ合いなどをしている映像は、外国だけのものだと思いたい。だが、状況次第では、日本の中でも起こり得ることなのだ。




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抱き合わせWD

マスクの在庫がごっそり減っていた。
心当たりは無い。
夫に聞いてみると、びっくり仰天の答えが返って来た。


「あぁ、何パックかホワイトデーにおまけでつけた。」


義理チョコのお返しとして、職場の女性陣何人かに渡したらしい。減り具合を見ると、8パックくらいか?
今、このマスク不足にそんな気の利いたお返しを貰ったら、上司や同僚としての夫の価値がぐっと上がるに決まっている。そして、数枚入りパックの他に、箱マスクも消えていた。
聞かなくても分かる。きっと、吉田さんには60枚入りの箱マスクをプレゼントしたのだろう。大盤振る舞い、高いおまけだ。
なので、自宅の分はあんなにあったのに心もとない在庫となった。
となると、そのしわ寄せは私に来るのだ。


「どうせ、買い物くらいなら洗って使えば1週間くらいは持つだろう?」


「洗うと、フィルター部分が壊れるって。」


「他人と2メートル近づかなければいいんだろう?スーパーのレジなんてセルフ使えばいいんだよ。」




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確かに、夫の言う通りだ。休校中の今、買い物くらいしか外出の予定は無い。役員仕事もイベント中止の為にラインで業務連絡に留まっている。
それでも、外面の良い夫に腹が立つのだ。
在庫マスクは、夫気に入りのカラスのような黒マスクが何箱も。私が使いたかった白マスクは残りひと箱と少し。まだ余裕はあるけれど、それでもコロナがいつ収束するのか分からない今、考えなしにバンバン使うことは出来ない。
現に、どこのドラッグストアを見ても、棚はすっからかんなのだから。

取り敢えず、代替策として、マスクの裏にキッチンペーパーを挟む。これにより、衛生的だし洗わなくても次回使う時にそれ程気にならない。
洗うのは、やはり抵抗がある。ガーゼなら良いけれど、使い捨てマスクを洗えばそもそもの機能が壊れてしまう。
テレビで専門家がはっきりと言っていたのだ。ー使い捨てマスクは、繰り返し使うものではないと。しかも、それならば手作りガーゼマスクを推奨すると。

消毒液の件があるので、そそくさとマスクの話は切り上げた。
人間とは不思議なもので、無いものねだりだ。これまで、人の目を気にしたりでマスクは私の防御ツールだった。だが、コロナによりマストツールになったことで、マスクをせず外出出来る日々を待ち遠しく思うのだ。




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  • 2020/03/16

欲張り婆さん

子の歯科矯正は、まだ続いている。
春休みなので混んでいるかと思えば、待合室には人がぽつぽつ。なんでこんなに空いているのだろうと思うのと同時に、コロナの影響だと気付いた時には遅かった。
名前を呼ばれ、治療室へ向かう子の背に、待ったをかけられるはずもなく大人しく待つことにした。

いつもなら、ぎゅうぎゅうで座る場所が無いこともある程の待合室だが、その日は高齢者しかいなかった。改めて、病院は年寄りの社交場なのかと思う。
マスクをせず、受付のお姉さんにべらべら話し掛けるお婆さん。


「もうどこにもマスクが売ってなくってね。歯医者さんも大変でしょう?マスクの在庫は大丈夫?」


愛想笑いで返す受付の女性は、消毒液を差し出す。


「どうぞ、こちらお使い下さいね。」




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お婆さんは、これでもかという程、たっぷりと消毒液を掌に出す。ポンプにして5回くらい。受付女性も、差し出した手前、引っ込めるタイミングを失っているようだった。


「テレビでね、やってたのよ。ビシャビシャになるくらい手につけて擦らないと効果が無いって。ごめんなさいね、図々しくて。マスクも全然売ってなくてね。ガーゼなんて効き目がないって言うじゃない?息苦しいだけで意味がないんじゃ、ねえ?」


「・・・そうですね、あはは。」


マスクをしていても、受付女性の困惑している表情が分かる。
限られている消毒液は貴重だ。店先などに置かれている消毒液が盗難されているという話も耳にする。自分さえ良ければそれでいいという考えは、皆を破滅に導く。
手洗いをしっかりすること。むやみに外で手を口や鼻に持って行かないこと。ガーゼでもいいのでマスクをすること。それが大事。
お婆さんのように、マスクをせずに消毒液をたっぷりつけたところで、大した予防効果があるとは思えなかった。




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サイクリング日和

休校中だというのに、外からは子どもたちの騒ぐ声。
子を留守番させ、近所のスーパーへ行く途中の公園には、子どもだけではなく母親達もたくさん。
気候も良いし、花見をしている人々もいる。
散歩くらいは良いのでは?と、夫にバレなければと子を外に誘ってみた。


「ちょっと運動不足だし、外に出ない?」


最初は乗り気じゃなかった子だけれど、ゲームで買った懸けのご褒美がまだだったので、本屋で一冊好きなものを買ってベンチで読もうと提案したら、いそいそと準備を始めた。
二人で自転車に乗り、河原沿いを走る。隣町までサイクリング時間は20分ちょい。
すっかり春の陽気。そして、驚くことにBBQをしている人々も。
自粛だからといって、先の見えない不安と戦いながら家にずっと籠っていては病気になってしまう。テレビを点ければ気分も暗くなる。
太陽の光を浴びて、子も気持ち良さそうだった。




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「あー、疲れた!」


「運動不足でしょ。ずっと家にいたから。」


久しぶりに来た、隣町の公園。子が学校に行っている間、たまに訪れていた公園。噴水近くのベンチに子と座り、自宅から持ってきた菓子とマグに淹れたホットコーヒー、子には麦茶を同じくベンチに広げる。


「案外、人いるね。」


噴水の傍で追いかけっこをする小さな子ども達。その奥にある芝生広場では、サッカーやバドミントンをしている大人や子ども達がいる。

互いに外のざわめきの中、本を広げる。子は、黙々と漫画を読んでいたようだが、ふと見るとうたた寝していた。
すっかり子どもから少女になるつつある子。中学校生活が始まれば、こんな風にのんびり一緒に過ごすことなんて出来なくなるだろう。
毎日毎日、子どもと顔を突き合わせていることにストレスを感じ始めていたけれど、それは限られた貴重な時間なのだと、外の空気が教えてくれた。




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塾代を浮かせる為に・・・

「あー、やっぱり塾行かないと無理じゃね?」


子が突如、大きな声を上げた。通信学習の中で、中学で習う学習内容にさらっと目を通していた時だった。
高学年になってから、気になる口癖の一つー「OOじゃね?」は、散々注意して来たのだが、いまだに治らない。
塾へ行くのなら、春から。そう思いつつ、コロナ騒ぎでリサーチも手付かず。
夫に相談してみた。


「塾?OOは、それで塾へ行けば一流高校に合格出来るわけ?」


高学年になり、夫は子の能力がどれ程なのかを知り、諦めの境地だ。通信学習が溜まり始めたのも5年生頃から。通知表を見ても、飛びぬけて良い科目もない。
飛びぬけて悪い科目が無ければいいのでは?という私に対して夫は、「ぬるい」の一言。




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「頑張りが足りないんだよ。塾へ行ったって、結局その中のデキる一部だけに講師は熱心なだけで、その他大勢はいいカモなんだって。」


夫の言うことも一理ある。確かに、分からないことを分からないと積極的に聞ける「スキル」が無ければ、置いてきぼり。
受け身であっても、講師の言うことをすんなり飲み込み自分のモノに出来ればいいが、そんな生徒は一握り。
大半は、ぼーっとしているか、講師に当てられて答えられずに恥ずかしい思いをしないかハラハラドキドキすることにばかり神経を注ぐか、学校外の友達作りに勤しむかで、全く授業に集中出来ていない子達が多いのではないかと思う。 現に、この時期塾のチラシを目にすれば、塾生の数に対し、満面の笑みで合格写真に掲載されている子の少なさといったらない。


「あなた、家にいるんだから一緒に中学から勉強し直せば?」


「パートに出ない分、塾代を稼ぐつもりでやれば出来るだろう。」


夫は、以前のように私に働けというプレッシャーを与えなくなった。つまりは、ダブルインカムしても私程度の稼ぎでは意味がないと踏んだのだろう。
ならば、支出を抑えればいいだけのことだと。

その分かりやすい切り替え具合に腹が立ったのと同時に、その合理的な意見に対し、反論出来る材料も見付からなかった。




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あの日からのこれから

3.11を迎え、例年なら、3月に入ればどのメディアでも震災関連の特集が組まれており、新聞の見出しだって一番目立つところにあったのだけれど。
連日のコロナ騒動の方が大きく取り上げられ、それは仕方のないことなのかもしれないが、当事者である東北の人達のことを思うと胸が痛む。

人は、目の前の問題に捉われがちで、過去よりも現在、現在よりも未来に目を向けがちだ。
だが、その「未来」はすべて「過去」が作り上げたもので、今のコロナだってこれまで見て見ないふりをしていた「問題」が膿となって表に出て来たのだろうと思う。
オリンピックの祭りを前に、このような事態に陥ったのも、天からの掲示で偶然ではない気がする。私は信心でもないけれど。


手を合わせるということ。
相手を慮るということ。
半径1メートルの世界だけではない、全体を見渡すということ。
取り合うのではなく、分け合うということ。
あの震災で学んだはずなのに。

人々はパニックに陥ると、視野が狭くなる。どうしてよいのか分からずただ茫然と立ち尽くすだけならまだしも、それを自分の「利」に変換することだけに専念する者もいる。
悲しいけれど、余裕がないところで、善は悪に飲み込まれがちだ。

襟を正す日。
毎年、この日は特別。だが、この日に限らず何が起こるか分からない日常は、日々特別なのだということを意識したい。
新聞で、2度も被災した農家の方の記事を読んだ。東北の人達の強さを目にすると自らを内省せざるを得ない。
一方、復興の格差もあり、9年経っても、被災はまだ続いている現実を目の当たりにする。

震災、ウイルス・・未知のことが立て続けに起こる今だからこそ、人間力が試されている気がする。




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要望リスト

部屋を整理していたら、カードゲームがいくつか出て来た。子が、修学旅行の時に買ったもの。
今風のものでルールも複雑。
スマホばかり見ている子に、一緒にやらないかと声を掛けたら、意外なことに誘いに乗ってくれた。
暖かいミルクティーを淹れ、カードをテーブルに広げた。
最初は欠伸をしながら、仕方なく付き合う風だった子。だが、私が一勝すると途端に負けず嫌いに火が付いたらしい。


「もう一回!」


催促する子に、更にゲームを盛り上げようと欲が湧く。


「じゃあさ、懸けしない?」




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こんなことはご法度かもしれないが、退屈な家時間を少しでも刺激あるものにしたかったのだ。
点数制で、1回勝てば1点。先に10点溜まれば、お互いの要望を聞くというもの。まず、要望リストを作成した。 1万円欲しいなんて金銭の要求をされたらかなわないし、互いに無理な要求が無いか事前に話し合い、駆けの内容を互いに納得した上で行うことにしたのだ。
私からの要望は、

①朝の洗濯
②お風呂掃除
③トイレ掃除
④マッサージ
⑤勉強

子からの要望は、

①手作りパフェ
②ステーキ
③漫画雑誌購入
④スマホ購入
⑤炭酸コーラ一日2ℓ

④のスマホは却下。というか、夫と要相談だからだ。⑤については、ちょっと言いたくなるところもあったけれど目を瞑る。ジュースは体に毒だけれど、普段、そう頻繁に与えていないからだ。
私からの要望は殆どお手伝い。子からの要望は殆ど食べ物や嗜好品といったところか。直接、金銭を要求することが無かったことに、意外な気持ちと安堵をおぼえた。
1ゲームで1点。しかも、先に10点獲得した方に、①~⑤のいずれかのご褒美が貰える仕組みなので、ゲーム自体も複雑で時間が掛かることもあって、良い時間潰しになりそうだ。




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学校説明会

中学校の説明会に出向いた時の話。
他校からも入学するので、これまでの密度の濃さから解放されるーと思いきや、そうでもなかった。
校門前に、早速スネ夫ママとボスママと取り巻き数人。私の前方を歩いているママに手を振る姿。
校内に入らず、待ち合わせしているようだ。子ども達はどんどん成長しているのに、幼稚園ママのスタンスがいまだ抜けないのだろう。
通り過ぎることを躊躇っていたが、前方ママと合流すると、群れはゆっくりと前を歩き出した。
そして、私の歩みもスローペース。
そこへ、後ろから孤高の人。


「お疲れー」


「こんにちは!」


一緒に歩けるーと思ったのは、私の勝手な思い込みで、早々に私を抜くとずんずんスネ夫ママらの群れの方へ歩いて行く。
少し寂しい気もしたが、仕方が無い。
見知らぬ保護者らも、私を追い越して行く。
孤高の人は、スネ夫ママやボスママらに挨拶、一言二言交わし、すぐに追い越した。なんだか恰好良かった。
私もあんな風に、颯爽と歩きたい。だが実際は、彼女等を抜くことも出来ず、うだうだとスローペースで歩いている。情けない。

何人もに抜かされながら、会場へ。
体育館は広く、だが保護者で一杯。

それまでに、制服姿やジャージ姿の中学生らを校内で見掛けたが、随分大人に見えたし、この世界に我が子が溶け込む様子がどうしてもイメージ出来ない。
まだ、大きな体でランドセルのアンバランスの方が、馴染みがある。




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席は、後方の目立たない場所を取った。相変わらず、一人。
スネ夫ママとボスママは、今日も仲良くぴったり隣同士だ。その前後にも取り巻き。相変わらず、落ち着きなくぺちゃくちゃお喋りに興じている。他校らしき見知らぬ保護者達の中にも、同じようないくつかも群れがある。大体がスネ夫ママらと同じような顔つきに見えてしまうのが不思議だ。意地悪そうなー、閉鎖的で、人を見てマウンティングするような顔つき。
流石に、中学ともなると保護者達の年齢層や立場もそれぞれで、群れている彼女らが浮いてすら見える。
説明会は、校長や教頭、コーディネーターなど各担当教師が執り行った。配布された資料に沿っての説明。正直、資料さえ貰えれば、会に参加しなくても良かったかもと思う。

卒業式だけではなく、入学式も今後どうなるのか分からない。だが、3月に入り一足早い春休みを迎えると、いよいよ中学生になるのだなと、身が引き締まる。
こんな風に思えるところまでやって来たー少しだけ、感慨深い。




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嫉妬、ただそれだけ

義母から電話があり、姪っ子達が泊まりに来てるので子も来ないかという誘いがあった。
次女の子ども達を預かっているのだそうが、兄弟だけだと喧嘩ばかりで手に負えず、従姉妹がいれば姪っ子の機嫌も良くなると言うのだ。
長女は自営だが、次女はカフェ勤務。このコロナ騒ぎで飲食店ということもあり、店は休業中らしい。
だからといって、子どもと対峙することにすぐさま疲れ、実家を頼るのが義姉らしい。

義母も、仕事は休みを取っており、久しぶりに孫や娘とゆっくり水いらずと思ったのも束の間、次女は意気盛んに自分磨きで出ずっぱりだという。
パートでしばらくご無沙汰だったテーブルコーディネートのレッスンや、ティーマイスターの資格取得の勉強など。


「なんかね、今のカフェ辞めて将来的には店を出したいみたいよ。」




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困った娘ーという苦笑の中に、義母の嬉しそうな顔も浮かぶ。自分の娘の充実を心底喜ぶ気持ち。胸の奥がズキンと痛んだ。私と実母の間には無いその関係性に、嫉妬した。

義母には悪いが、子を遊びに行かせることを丁重にお断りした。子を、姪っ子の暇つぶしにされるのもムカついたし、姪っ子がそれでストレス解消して全てがWINWINになることに腹立だしさすらおぼえた。
姪っ子のストレスが義母に向けられれば、そのストレスは結局次女に向かうのだ。それでいい。楽してすべてうまく回ると高を括る次女の傲慢さに嫌気がさす。
皆、この休校でストレスを抱えているのだ。兼業は預け先に奔走し、仕事を休まざるを得ず給与カットを余儀なくされたり、また留守番させている子ども達に罪悪感をおぼえつつも仕事に出ている母親だっている。
専業主婦であっても、毎日子どもと顔を突き合わせ、いかに規則正しく充実させるかに頭を悩ませる。昼ご飯だって、三食作るのだ。
次女が、面倒なことは丸投げでまるでペットを可愛がるように子供たちと接していることは、以前から見ていてうんざりしていた。
いつまで立っても甘やかしている義母も義母だけれど、傍から見ていてモヤモヤする。

やはり、私はその親子関係に嫉妬しているだけなのだけれど。




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ストレス反抗期

中学用品を揃えたく、だがこの自粛ムードでは子を連れ歩くことは出来ない。
それでも制服などの採寸は、既に済ませていた。
中学校の体育館でも、日時が決められたうえで、制服やジャージなどの採寸注文は予定されていたのだが、誰かに会うことの気の重さから直接店舗に出向いたのだ。
それがだいぶ前のことだったので、そろそろ一式出来上がり、店から連絡が来るだろう。
その他、靴やバッグなどは自由なので、子と春休みにでも買いに行こうと思っている。だが、この自粛ムードがいつまで続くのかはっきりしない。
都内では、花見ですら「自粛」の声だからだ。


「みんな、何してるんだろうね。」


何気なく、子に話し掛ける。


「みんな、ラインしてるよ。私だけだよ、やってないの。」


大抵、子どもの言う「みんな」という概念は、自分都合に出来ている。この間まで仲良しだった地味グループの子達は、誰一人ラインなどしていなかった。
だが、卒業まじか、仲良くなり始めたクラスメイトはラインをしているという。母親達が働いているので、ライン必須なのだそうだ。子も、休校になる前にラインIDを聞かれたそうだが、「IDって何?」と質問したら、その時点で会話終了だったのだと恨みがましく私にこぼした。




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「ママも働けばいいのに。」


更に、自分都合の台詞に苛っとした。この間までの素直な我が子は一体どこへ行ったのか?困っている時はあんなにしおらしかったのに。


「いいの?私が働けば、あなたずっと一人で留守番よ。」


「いいよ、学童行くし。」


「家のことだって、色々しないとならないのよ?今だって休校になったっていうのにゴロゴロして家の手伝いだってしないじゃない。」


「だって、ママの仕事でしょう?」


反抗的な子が戻り、ついカッと頭に血が上り不必要な言葉が出そうになるのを堪えた。流石に私の表情にマズイと思ったのか、


「ピアノでもしよう。」


そう言って、鍵盤を開きヘッドフォンを耳に充てて弾き始めた。ピアノも、最近では家族に聞かせるのが嫌なのか、昼夜問わず常にヘッドフォン。
子も、休校で外に出られないストレスが溜まっているのだ。そう思い直し、私は続きの家事を始めた。




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弁当作り

必要以上の外出を控えているのだが、それでも主婦は家族の食料確保の為に買い出しに出ねばならない。卵とウインナーの広告の品をチラシで見て、今日はそこのスーパーに出向くことに決めた。
夫も、必ず弁当持参をするようになった。以前は、わざと玄関に置いて行ったり、持って行っても気まぐれに外で食べて来たとそのまま手付かずの弁当を持ち帰ったりとストレスだったのだが、今は空っぽ。
神経質な夫は、コンビニ弁当ですら無理になったのだ。だが矛盾しているのは、飲み会には意気揚々と参加するところ。訳が分からない。

今朝も、夫の為に弁当を作った。しかし、休校で家にいる子の分と自分の分も作ることにした。3人分、一気に片付ければ、昼は楽だ。メニューは、卵焼きにウインナー、ひじき煮と唐揚げにブロッコリーとプチトマトだ。





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ゆっくりコーヒーを飲む時間も得られる。6年生の女の子。幼子に比べれば手は掛からないけれど、それでも自宅にずっといられれば色々目に付くし口出ししなければならないシチュエーションもある。
それに加えてマストの家事があれば、キャパの小さい私だとすぐにストレスが溜まるのだ。 朝は慌ただしいけれど、3人分の弁当作りは達成感を得られる。それに、中学からは弁当生活だ。なので、事前練習も兼ねて。
子も、久しぶりの弁当にテンションを上げているようで、こうした小さなことでも引きこもり生活の中では気分転換になるのだろう。
食事後の洗い物も、楽ちんだ。

家に籠り、少しでも何か楽しみを見付けられたらいい。




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一足早い春休み

休校になり、子が一日中家にいる生活。
正直、専業主婦で良かったと思う。
このご時世、外でパートでもしていないと、病気か怠けか余程の金持ちかと他人は思うだろう。
実際、持病のことがあるからで、しかし、それでも働いている女性は万といる。夫の稼ぎのお陰で家にいられることについては、感謝しなくてはならない。

常日頃、引け目に感じていた自分の立場を、今は肯定出来る。
テレビを点ければ、働く母親達の奮闘ぶりにフォーカスを当てた特集が組まれている。 子連れ出勤だったりテレワーク導入という働き方を選択している親もいれば、子どもを丸一日留守番させるしかない親も、メディアに取り上げられていないだけで、実際のところ一定数はいるだろう。預け先の確保も大変そうだ。
6年生ならば、分別も付いているし大丈夫ーと思う一方で、逆に心配な面もあるのだ。
親に内緒で勝手に外に出たり、火を使ったり。それに、勉強もせずダラダラ一日動画三昧だったりと。

まだ、子どもなのだ。大人が見てやらないとならないことは山程あるし、親が見れないのならそれに代わる別の大人の手が必要だ。
それは、学童だったり祖父母だったり、近所のママ友だったり。




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「あー、つまんない。」


しかし、満足な私をよそに、子はため息を付く。最近、仲良くなったクラスメイトの二人は、親が働いている。なので、6年生だが弁当を持って学校へ行くというのだ。
他にもそのような同学年が何人かおり、彼女達は、ぶった切られた卒業までの日々に猶予を与えられた。
特に、一人っ子の子は私だけでは役不足。退屈そうだ。クラスメイトとうまくいかなかった時期は頼って来たけれど、同世代の話せる友が戻ってくれば、再び母親の存在なんて鬱陶しいだけなのだ。


「取り敢えず、部屋の掃除しなさい。」


時計を見れば、まだ昼にもならない。一日が、長い。
一人きりの時はそれ程感じないのに、我が子を充実させようとして叶わないストレスが溜まるのだ。




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ランドセルに、ありがとう

突然、休校が言い渡され最後の登校日。
玄関でこのランドセルを背負う子を見るのも、最後。


「ちょっと写真撮るから待って!!」


「えー、いいよ。時間無いから、早く!」


親の気持ち、子知らず。いや、子の気持ち、親知らずだったのかなと思う。
恐らく、6年間の思い出が詰まったこのランドセル、いい日もあれば悪い日もあったはず。その全ては、私以上にこのランドセルが見て来たのだ。
何も言わない背中がそう物語っていた。

1年生、初日の登校日に玄関で写したランドセル姿の我が子と比べると、こんなにも成長したのだなとしみじみした。

最後なので、バルコニーに出て、子の登校姿を見送った。見えなくなるまで。
一人っ子だから、本当に最後のランドセルなのだ。目頭が熱くなった。ダメだ、最近は涙腺が弱い。

卒業式はどうなるか分からないけれど、6年生を送る会はビデオを使ったらしい。他の学校も、校庭でしたりその様子を生中継したりと工夫しつつ、何とか中止にせず最後の思い出を作り遂げたところも多いだろう。
普通ではないからこそ、記憶に残る濃厚な数日だったことだろう。




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「卒業式、やるのかな。」


「まだ、分からないよ。やりたいの?」


「うん、まあね。謝恩会は中止?。」


「うん、そっちは中止。」


「やっぱり謝恩会はやらないんだ、皆、楽しみにしてたのに。」


ついこの間まで、謝恩会すら出たがらなかった子だけれど、気持ちが変化したことは素直に嬉しい。勝手なもので、そうなると中止という結果に胸を痛める。
最後の学年だより。仮予定としてある「卒業式」の文字が、切なくも今の希望だ。




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対立

TDLが休園のニュースが入ったと共に、卒対のグループラインでスネ夫ママがとんでも発言。


ー連休、行っておいて良かったぁ^^


上の子の受験のお疲れ様会ということで、家族で泊り掛けディズニーへ行ったとのことだった。
連日のコロナ騒ぎの中で、よく決行したものだ。そして、それを皆に伝える神経が心底分からない。
空気を読んで、黙っているべきではないだろうか?

しばらく誰も返信ラインをしなかった。きっと、私と同じ気持ちでいる者も多いのだと思う。あれだけニュースで外出を控えるよう政府からも要請があったというのに。
そして、彼女の神経の図太さに感心すらおぼえた。


ーあと一週間先だったら、中止になってたと思うと早目に計画立ててて良かった。ギリギリセーフだよ!




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少しして、ボスママだけが返信ライン。だが仲良しだからこその冗談を交えた、諫めるようなコメント。


ーちょっとちょっと!!コロナ感染してないでしょうね!?学校も休みになるし、あんまり出歩かない方がいいよ!潜伏期間とかあるんだし。笑


同じコメントでも、親しくなければ亀裂を生むのではないか?というようなギリギリの言葉。だが、ボスママも本音なのではないだろうか。皆、自分の家族が一番大切なのだ。
そして、スネ夫ママは彼女の返信に対し、


ーえ?なんか嫌な感じ。


それからパッタリとラインが切れた。スネ夫ママとボスママ以外は蚊帳の外ーというか、そうなるより他はない。当たらず触らずーといった感じだ。
内心、二人の仲がこじれたら面白いとも思う。大嫌いな二人だけれど、だからか二人が視界に入ると威圧感をおぼえる。ピンになれば、少しはそれが薄まるのだ。
スネ夫ママの非常識さに、長年仲良くしていたボスママも呆れたのかもしれない。




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謝恩会中止

謝恩会は、やはり中止になった。
この判断は、正しいと思う。これまでの打ち合わせや準備、歌の練習に費やした時間は無駄になるが、致し方が無いことだ。

卒対メンバーのスライド担当が作成した映像を、DVDで保護者に配布することになった。
メンバーには、確認用として動画が送られて来た。本当なら、謝恩会でお披露目するはずだった映像。

卒業らしいBGMが流れ、一人ひとりが将来の夢を掲げたボードを手に、はにかみ笑顔でこちらを向いている。
たくさんの夢。
サッカー選手や看護師、パティシエや弁護士、お笑い芸人やバレリーナ。
この中で、今現在思い描いている夢通りの未来を手に入れる子ども達はわずかかもしれない。しかし、その瞳の輝きの奥に、希望を見る。

いつも見慣れた顔が画面に映る。我が子だ。我が子の夢ー夢なんてないと言っていたはずなのに・・
その掲げた文字を目にした瞬間、思わず、胸が熱くなった。




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まだあどけない表情の子ども達が、段々と成長して今に至るまでの映像を観続けていると、走馬灯のようにこれまでの記憶が蘇る。
画面を前に、目頭も熱くなる。

私自身、空っぽで。何年経っても成長せず、ただ日々を漫然と過ごしているだけなのだと思っていたけれど、それは違う。
世の中の親達は皆、確実に子供というフィルターを通して成長しているのだ。時に、それは間違ったやり方だとしても、軌道修正しながら、我が子と学びながら。
人ひとりを育てるということ。
誰にでも出来ることではない。もっともっと、自信を持って良いのではないか。
成長した我が子に、自己肯定感を貰った。




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