久しぶりに会った弟は、不精髭に伸び切った髪をゴムでまとめており、いかにも働いてない風情。
車は、父親のもの。高齢で現在体の調子が悪い父はしばらく乗っていないので、この車は実質弟のものとなっているようだ。
「あんた、まだパチンコしてるの?」
恐る恐る聞いてみる。悪びれた様子もなく、
「今日はやめた。昨日ボロ負けしてさ~」
またあの頃に引きずり込まれそうで、早速要件を尋ねた。
「で、引っ越しの件だよね。一体何?」
日中のコンビニの駐車場には、大型トラックがたくさん停められており、弟と同じくらいの世代の運転手が、労働の合間にコンビニ飯を運転席で搔き込んだり、また束の間の仮眠を取ったりしている。
そんな光景を眺めながら、内心では弟の方に全神経を向けていた。
「まあさ、分かるだろう?保証人の件だよ。俺、今の状況だと無理なわけ。」
ーはじまった・・
嫌な予感程、あたる。
「あと、ちょっとした金も必要でさ。今はこんな状況だしさ。コロナがなかったら仕事もどうにかなったんだけどな。」
「パチンコ行く時間あったら、仕事先探したら?」
怠けづいた弟の態度が許せず、突き放した言い方になってしまう。だが、弟が頼んでいるのは保証人の件と、あくまでも引っ越し費用の一部であって、パチンコ代ではない。
「そもそも今の家賃がヤバいんだって。だから取り敢えず固定費見直しで引っ越して、またある程度たまったら絶対返すから。」
引っ越し話が浮上した時から、保証人のことは引っ掛かっていた。私は働いていないので、実質的には夫が私の親や弟の保証人になるということだ。
また、この手の話は母からではなく弟からというのがモヤモヤする。
「うちに保証人になって欲しいって、お父さんやお母さんから頼まれた?」
「いや、特に頼まれてないけど、普通はそうだろ?」
ー普通?普通って何?そもそもあんた、普通の定義分かってる?そもそも、それが人にものを頼む姿勢?
軽々しく答える弟は、夫とは一切絡んだこともなく、夫の人柄を知らない。それに、実家のごたごたに夫を巻き込むことは、また借りを作ることになる。結婚当初の借りだって、いまだ返せていないのだ。
しかし、突っぱねれば、私は「非常な娘である姉」に成り下がる。
「ひとまず、考えさせて。旦那とも相談しないとだし。それに、引っ越し代だってお母さんならちゃんと貯めてるはずでしょう?そんな無計画なことあり得ない・・」
「姉ちゃんの前では、あの人強がるからな。」
引っ越し代の負担ー、もしも私が一人っ子だったのなら全負担することになるのだろうか。そもそも、弟の「入用」がどの程度なのか、まさか自分のポケットに入れやしないかと不安は募る。
つい、いくら必要なの?と聞きたい気持ちをおさえる。聞いたが最後、出すつもりがあるのだと捉えられてしまうのだ。
「じゃあ、そろそろ行くわ。」
「これ、少ないけど・・何か美味しいものでも買って。」
予め、用意していた5千円札を渡した。これは、ポイ活でコツコツと貯めていた分と虎の子から。頭では良くないことと分かっているが、目の前にいる図々しい弟から一刻も早く離れたく、取り敢えずこのごたごたから距離を置きたい気持ちがそうさせた。
そそくさと受け取った札をズボンのポケットに差し込むと、
「サンキュー」
何事もなかったかのようにハンドルを握る。
「まあ、俺がいるから二人も少しは精神的に安定してるんだと思うよ。」
引き換えの台詞。こうして実家に何も出来ていない姉の罪悪感を植え付けるのだ。経済的にはむしろ親に負担を掛けている癖に、悪びれもなくそんなことを言う弟に嫌気がさした。
「あ、OOは元気?中学生だっけ。」
とって付けたように、弟にとっては姪である我が子の話題を出した。まっとうな叔父ならば、久しく会っていない姪に小遣いくらい渡すだろう。生まれてからこれまで、七五三も入学祝や卒業祝いなども貰ったことはないし、お年玉すらスルーなのだ。
ここにきて、急に存在感を示して来た弟。このままずっと影の薄い存在でいて欲しかったが、年老いた両親を前にそうはいかなくなりつつあるのだ。
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