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退職、そして自営業妻へ

夫が退職した。
引継ぎに思ったより時間が掛かったらしく、本来なら有給消化しての退職希望だったのだがかなわなかった。
昨夜は、べろべろに酔っ払って帰宅。タクシーで。しかも、部下2人に玄関まで抱えられて。

「本当にお世話になりました!!また、飲みましょう!」

私の想像していたような、スネ夫っぽい部下でもない、誠実そうな部下達。彼らから、無理やり送別会に誘ったのだと聞いた。

「コロナ禍なのにすみません!でも、どうしても最後だと思ったら一杯やりたくて。奥さんにも怒られるかなと思ったんですが。」

職場のツーリング仲間や同期、可愛がってくれた上司や懐いていた部下など、それなりに大勢の人達が彼の送別会に参加したらしい。大きな花束やその他、たくさんの紙袋に選別。私の知らない世界での夫は、どうやら慕われていたようだ。外面の良さを物語っている。
玄関で倒れた夫をどうにか起こし、ソファーまで。お風呂は無理そうだったので、そのまま布団を掛けて寝かせた。手洗いうがいや歯磨きくらいして欲しかったけれど、無理だった。コロナ禍で、こんなに大酒を飲んでつぶれるなんて言語道断だけれども、一生に一度あるかないかの人生の節目となる一日を締め括るには、どうしても必要な儀式だったのだ。
なんだか、面白くなかった。夫の一面はどうやら完璧らしく、しかもそれは私の知らない一面だからだ。

いよいよ、私は自営業妻となる。これからどうなるのか、退職金の額だって知らされていない自営業妻。悩みは尽きない。

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  • 2022/03/31

急募!!

ふらりと入った隣町のスーパーで、急募の文字。時給は1040円。なんとなく気になって写メを撮った。
「簡単な盛り付けとパッキング等」とあり、主に単純作業のようで私にも出来そうな気がする。
何より、急募!の赤文字は即採用の流れを感じさせた。そして、時間帯が午後から夕方。昼休憩のことを考えなくていい。
勤務時間が昼をまたぐのは損した気分。拘束時間からマイナス一時間、好きなように過ごせるとしても勤務内では休んだ気がしない。それに、何を食べて誰と食べるかだとか、一人で食べると周囲から浮くのでは?など、無駄な心配をしなくていい。
清掃パートを選んだのも、昼休憩が無いからだ。午前か午後、どちらかというのは私の働き方条件になくてはならない。
戸棚に忍ばせている、ワンコインワイン。ちびちびと飲んでいるのだが、もうすぐ空になる。虎の子も空になる。グイっと瓶に口を付けて一気飲み。体中がカーっと熱くなる。
何かに押されるように、気付けばその電話番号に掛けていた。


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呼び捨て

「ちあきがそれはやってくれてたと思うけど。一応、そっちからも聞いておいて。」

夫の書斎から、聞き慣れない名前。すぐにピンと来た。吉田さんだ。吉田ちあき、彼女の名前。
電話の内容から、どうやら犬塚さんと話しているようだった。事務員として彼らの仕事を手伝うことになった彼女。既に色々な面で頼りにされているらしい。
それよりも、夫が彼女を下の名前で呼んでいるのを知り、動揺した。私の前では常に「吉田さん」か「彼女」、「あの人」なんて呼び方だったからだ。
親しいにも程がある。妻である私に対してだって、名前で呼んでくれたのなんて数える程だし、そもそももう何年も「あなた」や「あんた」なのだ。子の前では、「ママ」だ。結婚して子どもを産めば、名前を失くすというのはよくある話だけれど、それについてはモヤモヤしながらも気にしない様努めて来たけれど、他の女の名前を呼ぶ夫の声を聞いたら我慢ならなくなってきた。
シングルマザーである彼女は、いったいどんな気持ちで夫の仕事を手伝う気になったのか。恋愛感情なのか何なのか?肉体関係はあるのかないのか。
突き止めたい気もするが、はっきりさせるのが怖い気持ちもある。この「分からない」状態に身を置いてもう何年になるだろう。はっきりさせたところでじゃあ離婚なんて流れになるのが怖いのだ。


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  • 2022/03/29

もぬけ

もぬけの殻。そもそも殻の中に存在していたのかすら分からない。
僅かな期間だったけれど、清掃パートを辞めたら開放感は一時のことで、途端にどこにも所属していない自分に心もとなさを感じて不安になる。もう少しで年度初めということもあるのかもしれない。
気晴らしにショッピングモールへ行けば、セレモニースーツやリクルートスーツなど、新たな門出を祝うキャッチや飾りで店内は溢れているのだ。
夫は新しい事業のことで頭が一杯。いくらか興奮気味だけれど、殆ど家には寝に帰って来る感じで会話らしい会話もない。子は、いよいよ受験生。そして最高学年だ。


二人を見送り、布団にくるまる。もう少しだけー、4月になったら動き始めよう。自分に働きかけて実際動くことに難しさは誰よりも知っている。


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職業病

月1清掃の日。
実は、先月もその前もバイトや体調不良などが続き出れなかったので久しぶり。
ここに住んでもうだいぶ経つのに、いつまで経ってもよそ者扱い。

「おはよう!」

針金さんが、私に気付いて笑顔で手を振る。バイトを始めてからなんとなく疎遠になっていた彼女。なんだか気まずかったけれど向こうは何とも思っていないようだ。彼女にとっての私は、多くの近隣知人の中の一人だからだ。いちいち構っていられないのだろう。
私だって、バイトをしていた時はそうだった。いちいち彼女の動向に構っている時間もないし正直疎遠になって寂しいと思っていたのは最初だけで、次第にそれも薄れて行った。人間関係なんて刹那的なもの。
ちょっと見ない間に、知らない顔も増えており、新しく越して来た人なのか?針金さんが色々と話し掛けている。世話好きだから彼女の周りには人が集まる。
一人、黙々と箒で履いていたら、針金さんとその新しい人が近づいて来た。

「今度、越して来た方。」

わざわざ紹介してくれたのだ。そして、彼女は私と年齢も近く、森田さんという。ご家族がいるのかどうかは分からないままだったけれど、手を動かしながら針金さん中心に会話は進んだ。
だが、針金さんがいくら社交的だからといって、初対面相手に共通の話題を探すのは難儀なもので、また森田さんも自ら進んで話し掛けるタイプではなさそうなので、ちょいちょい妙な間が空く時がある。
ちょっとした沈黙になんとなく耐え切れなくなった私は、

「そういえば、もうすっかり元気そう。やっぱりコロナってきつかった?」

聞いてしまったのだ。彼女の表情に緊張感が見えたのと同時に、しまったーと思ったが時既に遅し。針金さんはそそくさと聞こえないふりをし、突然H田さんー自治会のボス主婦ーに向かって呼び掛けながらその場を去った。
取り残された私達はその続きをどうしたら良いのか戸惑い、私は黙々と箒で階段を掃く。


「なんだか、プロっぽいですね。」


「え?」


「その掃き方。」


いつの間に身に付いた職業病。もう辞めたしまったのに、こんな拍子に出るものなのかと微妙な気持ちになった。



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無職再び

働くまでには時間が掛かったものの、辞めるのはあっという間の出来事。
あの女に小言を言われるだけでなくミスを私に擦り付けられ、どう言っても上には信じて貰えず結局長い物には巻かれろの社会。
電話越しだったから、こちらもつい感情的になる。涙声で、退職の意向を告げた。
先方は、あっさり承諾。所詮、バイト。使い捨てなのだ。いや、そもそも辞めて欲しかったのかもしれない。
新人だから、ミスをするもの。ベテランだからしないもの。どんな職場でもそんな暗黙の空気があるのだろうけれど、一方の話だけ聞いて信じるのは違うと思う。

丁度、月末。給与を貰ってすっきり辞めるのだ。
次に行こう、次。
水面下で応募していた仕事はすべて落ちたので、再び求人情報を眺める日々に舞い戻る。
大丈夫、捨てる神あれば拾う神ありなのだ。


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空のカップに未来を捨てる

「ここ、汚れ残ってるから。」

乱暴な口調で女に指摘され、慌ててモップでこする。腰が痛い。やはりこの仕事は向いていない。
ただ、組む相手や担当場所によっては気楽な時もあることを知り、先月程辞めたいという気持ちは無くなっていた。
だが、こんなにコキ使われて、また日時も不定期ななか、月に稼げるバイト料は安過ぎるのではないか?と考え始めていた。

あれから保険の営業になったらーと妄想をしていた。もしも成功すれば月収は男並み。しかも、高齢になればなるほど「熟年」としてのメリットも多く、定年も人によってはない。100歳近くまで生保レディとして働いている人もいることを知った。
私がそうなれるだなんて思っては無いけれど、一発逆転、人生のチャンスのある仕事。

手に握っているモップの先に、明るい未来は見えない。清掃仕事も極めれば成功することもあるのだろうけれど、所詮、そこらへんの主婦レベルのスキルではバイト止まりのまま。

仕事が終わり、そのまま家に帰る気になれず、コンビニでアイスコーヒーを買って公園のベンチに腰掛けた。
財布の中の名刺を眺める。あの女性の暮らし、生き方に自分の未来を重ねてみるがどう考えても現実味が無い。
空になったアイスコーヒーのカップに名刺を入れて、ゴミ箱に投げた。その瞬間、自分の未来も捨てたようで、何とも言えない気持ちになった。









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自分の中に眠る才能

サイトを眺めていると、ハローワークからでないと応募出来ない求人も多々ある。
その中で、これはと思うものを見付け、善は急げと隣町までわざわざ電車に乗って出掛けた。

清掃パートをする際、雇用手続きに必要な書類の関係で来たっきりだったのでその時はあまり周囲を見てなかったけれど、春ということもあってか物凄い人の数。
コロナ禍なんて関係ないくらいに、人で溢れ密になっている。
登録しようか迷いつつも、なんだか気後れしてしまい外に出る。すると、スーツを着た女性2人が私の元にやって来た。


「こんにちは。ちょっといいですか?」

60代手前の品の良さそうなマダムに、まだ20代と思われる若い女性。一体何なのか?と歩みを止めた。

「お仕事、探されてます?」


「えぇ、はい。でも混んでいたので後にしようかと思って。」


「そうなんですね、今って、どこかで働かれてます?」

「まあ。はい。」


清掃ということは言わず、曖昧に答えた。


「転職されるんですね。なぜ?」

「ちょっと条件が合わない部分が増えて来てしまったので。」


嘘八百。すると、マダムの目つきが鋭く光ったような気がした。



それからは、畳みかけるように一方的に説明され、あれよあれよといううちに、保険会社のエントランスまで連れて行かれた。
途中、何度も断った。


「私、人見知りがあるので無理です。」

「いや、そういう人の方が向いているんですよ。あなたのような方が、営業では売上1位だったりするんです。口下手の方が信頼されることもあるんだから!」


無理無理無理!!絶対無理!そう思い、


「ごめんなさい、この後予定が入ってるんです!」

「じゃあ、もし気が変わったらこちらにご連絡いただければと思います。」

名刺を渡され、ようやく解放された。
歩きながらの話だと、パートなんかするよりよっぽど稼げる。コツさえつかめば誰でも出来る。そして、社交的な人よりそうでない人の方が向いていたりもするーというようなことを延々と説明された。

自宅に戻り、名刺を眺める。

ーご自身が思うより、気付いていない才能があるんですよ!

マダムの声が私の中から出て行かない。なぜか、ぐるぐる熱を帯びる。これはいったいどういう種の熱なのか?
プロから見て、私のような人間は適正があるのかもしれない。案外、向いているのかもしれない。自分が知らない自分がいるのかもー

人生を変えるチャンスなのかもしれない。



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喉元過ぎない

夫の朝帰りに悶々としながらも、これまでだってコロナ前は仕事の飲み接待でいくらかあったことなのだと、平常心を取り戻すことに努めた。

「寿司でも取るか!」

夫なりに思うところがあったのか、突然の大盤振る舞い。しかも、回る寿司ではないちょっとお高めの出前寿司を取ってくれた週末。


「あなたも飲みなさいよ。」


そう言って、私にビールまで注いでくれた。その優しさがかえって疑心暗鬼、よくない想像を掻き立てるのだ。
子は、美味しいを連発してものすごい量を食べていた。いつもなら私は遠慮して腹一杯食べずに終了ということにもなるのだけれど、この日は夫が思うよりもずっと多く注文しており、珍しく寿司桶には何貫か残った。

「来週っていうか、ちょっと起動に乗るまでは仕事もこんな感じで不規則だから。」


赤ら顔で言われた。こんな感じで不規則とは、突然の外泊がランダムで起こるということなのか?聞きたいことは山ほどあるのに、喉の奥に寿司ではない何かが突っかかり出て来なかった。



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  • 2022/03/23

新人さん

朝から仕事。
冷たい雨の中、合羽を着て自転車に乗り仕事場へ行った。通勤だけで一苦労。
今日も例のオフィスビル。わざわざこんな天候なのに自転車を使うのは、ちょっとでも交通費を浮かす為。往復バス代も入れれば700円にもなるのだ。軽くランチ代。
仕事場であるビルに到着した途端、喉元から胸に掛けての嫌な動悸がおさまらなかった。新人さんが来るという話を聞き、どんな人が来るのだろうかと緊張していた。男性か女性か、高齢か若者か。またあの青年と組んだ時のように嫌な思いをしたくない。
ドクドクと、自分の耳の中で反響する音を聞いているうちに吐き気まで催し、自販機で炭酸を買って飲む。吐き気には炭酸が効く。
あぁ、150円損したなーなんて頭の隅っこで思う貧乏性はどうにかならないものかと思う。

「おはようございます!今日からよろしくお願いします!」

オフィスビルの裏口に既に到着していたのは女性だった。私以上に相手が緊張している様子に、一気に気が楽になった。
この仕事は入れ替わりも激しいのか、いつの間に知った顔がいなくなっていたりなのだ。
彼女は私よりだいぶ年下で、幼稚園のお子さんがいるらしい。送迎の関係上、午前中から昼過ぎまでの仕事というと限られており、このバイトを選んだそうだ。マスク越しでも分かる、メイクをきちんと施したその雰囲気は清潔感もあり、彼女ならお洒落なカフェだとかでも採用されるのにと思い、ついそんな風なことを言うと、

「私、人見知りで。接客とか無理なんです。喋らなくてもいい仕事を探してて、ここに行き着いたというか。」

「そうなんですね。実は、私もそんな理由です。」

彼女は私の言葉に嬉しそうな表情をした。私も、同じような性質の後輩が出来て嬉しく思った。
少しだけ世間話をしながら作業をした。勿論、まだ私も完全ではない作業内容を教えながら。なんだか久しぶりに楽しかった。仕事なのに楽しい気持ちになるだなんて、バチが当たるのではないかと不安にもなった。
たった数時間の仕事が終わり、ふと思いついて自販機の温かな珈琲を2つ買った。

「これ、良かったら。今日はお疲れ様です。」

「え!すみません!ありがとうございます!!」


はやくも先輩面してる自分に心の中で苦笑い。そういえば、いつの間に嫌な動悸もおさまっていた。
また、彼女と組めたらいいなと思った。








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真珠二代

「あ!」

クローゼットを片付けている際、フォーマルスーツのハンガーと何かが引っ掛かり、ボロボロと白く輝く玉が落ちた。
何かある度、ヘビロテしているパールネックレスだ。勿論、本真珠ではない。



「OOさん、それってイミテーション?」

法事の際、義姉達が馬鹿にしたような笑みを浮かべながら私に放った言葉。それ以来、彼女らの前ではパールのネックレスは付けていない。
冠婚葬祭や、子の入学や卒業式などの式典、またちょっとしたフォーマルの席で、パールネックレスはひとつあると便利だと気付いたのは、結婚してから。
なので、夫と婚姻してから夫方の親戚の葬儀などには、イミテーションのパールネックレスを付けていた。一応、ブラックフォーマル売り場で購入したもので、偽物といえば偽物だが、悪目立ちするものでもないと思っていた。
しかし、見ている人間は見ている。義姉らのように、ブランドやジュエリーのコレクションをしている目の肥えた女性たちは、自分の身なりに気遣う以上に、他人の装いのチェックが厳しい。


「非常識だよ。偽物なんて付けるのは。嘘の涙ってことになるし恥だからやめた方がいいわよ。」

義姉ー長女から言われた言葉。隣に夫はいたのだが、何のフォローもなかった。勿論、その後夫から本物を買ってやろうかなんて気の利いた言葉もない。


バラバラに転がった偽パールは、修復不可能。数千円で購入したものだし、もう元は取れる程使ったので捨てることにした。

そして、ふと思う。今後も多くのシーンで使うだろうパールネックレスが欲しいと。私には娘がいるので、本真珠が欲しい。真珠一代といわれているけれど、きちんとメンテナンスすれば娘に譲ることだって出来るだろう。

「私達はね、ママが二十歳の時にお祝いでくれたの。ネックレスとピアスと指輪のセット。」

三女の自慢げな顔が忘れられない。
某有名店で買ってもらったというセットは、何十万もする代物だろう。それを娘3人分。


「あんた、パールくらい買いなさいよ。いい大人なんだしみっともないわよ。そんな安っぽいもん付けて。」


実母に言われた言葉を思い出す。従姉妹の結婚式の時だ。その時も、私は偽物のビジューネックレスをしていた。
三女から馬鹿にされたことを思い出し、そう言われてイラっとしたのだ。

よく聞くのが、母から成人や結婚祝いで買ってもらうということ。または、譲ってもらうというもの。私はそういう類いのものを貰ったこともないし、よくある通帳を渡されたこともない。むしろ、通帳を取られたまま。


「私が預かっとくわよ。旦那と何かあった時、いつでも戻って来られるでしょ。」

拒まば母が悲しむと思った順応な私は、言われた通り結婚の為に貯めていた貯金の半分を母に預けた。あれからどうなったのか、聞けずにいる。
あの金で、私も子も使える一生もののパールネックレスが買えるのにと思うと、モヤモヤが止まらない。










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朝帰り

夫が朝帰りをした。
事務所で色々と準備をすることが多く、終電を逃したという。なら、タクシーで帰ればいいのにタクシー代が勿体無いという理由で。
仕事、仕事、仕事。そう言えばなんでも済むと思っている。

「今の会社の引継ぎにもてこずってんだよ。後任の男が使えないヤツでさ。ヤツに任せたら、あの部署ごと崩壊するよ。昨日は昼飯も食えない程忙しかった。」

世の中は、うまく回っている。一つのなくてはならないネジがあったとしても、ネジの代わりはいくらでも作られるし、少しの間歯車が回り辛くなったところで、それは永遠に続かない。それなりにまたしっくりするネジがはめ込まれ、円滑に回っていくのだ。
夫は自身を過信している。自己評価が高い。

「正直、もうどうでもいいんだわ。俺は俺のことで忙しいんだよ。後のことなんて知ったこっちゃない。」


そんなセリフを吐きつつも、だが現状、しっかり爪痕を残そうとしている。それは、今後自分で立ち上げる仕事に+になるからだ。少なくとも業界的には通じるところがある分、どこでどう繋がるか分からない。その繋がりをチャンスに変える為に必要な材料は一つでも多くあった方がいい。


「ひと眠りするわ。」


ベッドに引き上げる夫の背中は、夫婦であっても他人だ。


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  • 2022/03/20

複合チック

子は既に成長し、手が掛からなくなってきたものの、精神的にはまだ子どもだ。
今年は受験生なのだけれど、勉強の方は相変わらず。
塾の面談に行って来たが、向こうからしたら、可もなく不可もない、印象に残らない生徒なのだろう。
成績もだが、人間的にも。
成績が悪くても、そのキャラで塾講師に好かれ、また熱心な指導を受けて学力を伸ばす生徒もいる。
スネ夫ママの息子のように、憎らしいくらい常にトップの生徒はお気に入り。だが、そうでなくてもお気に入りはいるのだ。子の話を聞いていてそう思う。この半年で2クラスも上がったという生徒は子の友人で、美人で目立つ。その子の母親も若くて綺麗だと聞いた。
子の話によると、塾長がぞっこんだとも。それは話を盛っているのだろうけれど。
案外、子どもの観察眼は鋭かったりもするのだ。

先日の学期末テストの結果は、思うよりも悪かった。そしてその成績を塾に報告することをかなり嫌がっていた子。
そして、報告前からチック症状が再び出始めていた。最近はこちらも気にならないくらいおさまっていたチックなのに、物凄く酷くなっている。
相変わらず、顎関節症になりそうなくらいに大きな口を開けてカクっと音をさせるのをはじめ、目をぎゅっとしたり、また口を思い切りタコのようにすぼめたり目線を上に思い切り上げたり。酷いと、それらを一気にやるのだ。
目を上に上げながら口をすぼめて肩をいからせてからブルっと身震いー、そして口カクン。
気にしないようにしても、目に入ると気になってしまう。清掃パートで嫌なことがあった日は、つい我が子に、

「それ、ちょっとみっともないから気を付けた方がいいよ。マスクしてるから口はいいけど、目線と肩をすくめるのは・・ちょっと変だよ。友達に言われない?」

子は、ドキッとした顔でこちらを見た後、途端に顔を真っ赤にした。そして、あからさまに話題を変えた。

「ママさ、今度の懇談会来るよね?受験のこととか色々説明あるみたいだよ。皆のママ来るって。」

子も、もう分かっているのだ。私が何について嫌がるのか。恐らく、仕返しだ。
お互いしばらくの間の沈黙ーそれを破るかのように、子のスマホの着信音。

「あ、のぞみからだ。」

部屋へ行ってしまった。そして、閉まったドアの向こうから聞こえて来た私の愚痴。

「うちのばばあ、うるせーんだよ。」

頭にきて、ドアをぶち破ってやろうかとも思ったが、一呼吸。今回の件は、私が悪い。チックについて言及してはならないのにしてしまった私は母として対応を間違えた。自分の中でのストレスを子にぶつけたのだから、母ではなくばばあだったのだ。
そして、鼻にぎゅっとしわを寄せている自分に気付く。私も幼い頃のチック症状が出始めている。



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コミュ障コンビ

花粉がきつい。
今日も仕事だった。年度末だからか、オフィスビル内は慌ただしい空気が立ち込めている。
このビル清掃担当の時は、2人組。もう1人は無口な青年。学生バイトなのかフリーターなのか謎だけれど、お互い必要な時だけ業務上の会話をする程度なので案外気楽だ。
彼が、何度も咳をしていたので、それを見かねてつい声を掛けてしまった。

「花粉、嫌ですよね。」

性別も世代もまったく絡むこともないと、案外気楽に話し掛けられたりするもんなんだなーと思ったのだが、青年のリアクションは意外なものだった。

「いや、別に花粉症じゃないんで。」

「え?喘息とか?」

「大丈夫ですよ、コロナではありませんから。」


そんなこと一言も言ってないのに、青年はムッとした表情で自分の持ち場へ行ってしまった。何か気に障るような発言をしたのだろうかと反芻してみるが、思い当たる節はない。
コロナだなんて思っていないし、嫌味でもない。普通に咳をしていたので心配しただけなのだけれど。
無駄に愛想を振りまいてしまったことを悔やむ。コミュ障は相手が誰であってもコミュ障なのか?もしかしたら青年の方こそそうなのかもしれないけれど。






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母軸から逃れたい

実家へカートを届けに行った。
結論からいうと、行かなければ良かった。
カートは恐らく母の趣味ではなかったのだろう。口ではお礼を言っていたけれど、その表情は微妙なものだった。

引っ越してからの実家は、やはり思ったより狭かった。いや、想像以上だ。
荷物を解いて所定の位置に物を置けば、人間よりも物の存在の方が大きい。物の中に母や父が入り組んでいるという感じ。
母は、若干足をまだ引きずっており、一回り体も小さくなったようだった。
それでも、口の達者具合は電話口とは違い以前のまま変わらなかった。

私は、夫がとうとう脱サラをして自営をするという話をこのタイミングでしなければーという思いでいたのだけれど、なかなか切り出せない。


「それにしても、お掃除のおばさんまだやってるの?何の為に短大出たと思ってるのよ。勿体ない。」

言いたくはないが、短大といっても何の専門性も無い短大なのだ。せめて幼稚園教諭だとか栄養士だとか、そういう職種に特化した学校だったら結婚後もパート探しにここまで苦戦しなかっただろう。
それでも、高卒の母からしたら、短大でも立派な学歴なのだ。実際は有名四大に入って欲しかったのだろうけれど。

「もっと他の仕事探しなさいよ。それにしても、カズヒロさんはあんたの仕事についてどう思ってるの?一流企業に勤めてて生活に困ってる訳でもないっていうのに!あの人に言ってやりたいわよ。娘に何させてんだって!!電話掛けて一言言ってやろうかしら!」

歳を取り、ますます感情のコントロールが効かなくなった母は、本当に電話を手にし、夫に掛けようとした。夫が仕事中だとかそういう想像力すら欠いているのだ。

「ちょっと待って!私がお願いしてるの!運動不足だから体を動かす仕事がしたいって!あの人は反対してたんだけど、どうしても私がやりたかったの。」


そう訴えた。母は、私を一瞥すると深くため息をつき、

「なんだか悲しくなるわ。」

そう呟いた。悲しいのは私の方だ。なぜ、この年になっても母に私の人生についていちいち評価されなくてはならないのか。
父は、相変わらず寝ているのか寝室から出て来ない。この家の中にある空気が停滞したまま動かない状況に母は絶望しているのだろう。自分で行動を起こそうともせずに。

プレゼントしたカートに母は最期まで触れることもせず、それもなんだか報われない思いだった。
こちらが歩み寄っても、母が求める私にならなければ、それはイコール親孝行にならないということだ。


ただただ疲れた。
反発しながらも、応募した会社から連絡があるかメールチェックをし、肩を落とす。少しでも、母の理想に近付きたい私が私自身を縛り付けている。




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求人の増加

春になり、一気に求人の数が増加している。
新聞の折込は勿論のこと、サイトに掲載されているものはまあまあ条件も良かったりする。
勢いに乗って、気になる求人を5件程応募。そのうち4件からプロフィールを送ってくれとあったので、サイト専用のフォームに自分の学歴や職歴を入れる。
しかしまあ、こうして改めて見ると、魅力のないプロフィールだ。
学歴もなければこれといって自慢出来る職歴もない。正社員になったことがないのだ。一部上場企業の契約社員という名のバイトをしたことがあるが、これは自分の能力にまるで合わず1年も経たないうちに辞めてしまった。バイトだからと舐めていた。あの時、母は非常に失望していたのだ。バイトでもなんでも、OOに勤めている娘の親という看板を外されてしまったから。
それまでは、何かにつけ電車の中や店の中、いろんな場所で周囲に人がいるのを確認してから大声で私に向かって話し掛けてきたものだ。やたらと不自然に会社名を口にして。私の娘は大企業に勤めているのよーと。
実際は、バイト。使い捨ての1年契約。結局、次の更新まで私の方がもたなかったのだが。

今になって思う。
若い頃、もっと勉強を頑張れば良かった。社員を目指せば良かった。そうでなくても、せめて3年は辞めずに一つのところで働き続ければ良かった。
今更だ。
こうして若い頃、逃げてばかりで楽をしてきたツケは回るのだ。
それでもまだ諦めきれず、こうして魅力的な求人に応募する。背伸びしている踵はすっかりとひび割れて、もう若い頃のものではないというのに。









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諭吉3人

突然、現金書留が届いた。しかも、私宛。そして、差出人は義父。
封筒を開けると、簡素な長封筒が入っており、中には3万。
え??と思い、慌てる。一体、何の金なのだろう?小さなメモのような手紙が入っていたので開いてみると、

ーお返しに何を渡したらよいのか分からないので、好きなものでも買って下さいー


そして、ようやくカレンダーを見て気付く。14日のホワイトデーだ。
夫からは何もないし、義兄らからは先日早目に義姉経由でクッキーやらチョコレートやらハンドタオルやらが送られて来た。
義父からのお返しは、初めてだ。いや、正確に言えばそういう細々としたやり取りは義母が代わりに行っていた。
にしても、お返しに3万なんてあり得ない。渡したチョコレートは数千円だ。倍返しどころではないし、心苦しい。
どうしようか迷いつつも、えいやと義実家に電話した。


「もしもし。」

最悪なことに、電話に出たのは三女だった。義父に代わって欲しいと伝えると、生憎耳鼻科だという。


「何か用?伝えておくけど。」

先日、三女に関しては嫌な思いをしたのだ。なのに、私の方が委縮してしまいまるでこちらが悪者のように振舞ってしまう。
声が震え、つい間を置くことが出来ず言わなくてもいいことまで口を突いて出る。


「お義父さんから大金をいただいてしまって、こんなにたくさん貰えませんと伝えてください。」

今思えば、なんであんなことを言ってしまったのだろう。もう遅いが、後悔している。三女は、だいぶ間を空けた後、


「そうですか、伝えておきます。」


感情でいえば、「怒」の時の敬語を使う。まずいーと思ったけれど、


「それだけですか?私、仕事中なんでもういいですか?」


「はい。」


通話は切れた。
まずいことになったかもしれない。義父にとっても私にとっても。そして、夫の耳に入ればまたことは大きくなる。虎の子に置かれている義父からの札を思い浮かべた。


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辞めたいと思う瞬間

昨日、夜に突然会社から電話があり、突如、明日出てくれと言われた。
2月は会社にとって使えない人間だったので、挽回しようと二つ返事でOKした。
辞めたいと思いながらも、会社に気に入られようなんて気持ちが働く。私の心はあっちへ行ったりこっちへ行ったりと落ち着かない。
だが、心底辞めたいと思う瞬間が今日もあった。




「チッ!」

明らかな舌打ち。都内のとあるオフィスビル。そこの清掃をしていた時のことだ。
昼休憩に入ったのだろう、オフィスのトイレにはざわざわと女性達が入って来た。
若い女性から私くらいの女性まで。皆、一様に身なりを整え、春らしい陽気もあってか色取り取りの素敵な装い。
オフィスカジュアルに身を包んだ彼女と、清掃バイトの制服に身を包んだ私。トイレの鏡越しに見ても、その世界に一線が置かれている気がした。

洗面台を布巾で拭いていた。背後に人がいることに気付いたが、もう一拭きで終わるところだったので少し待たせる形で乾拭きを仕上げた。

「すみません。」

一応、振り返って会釈しながら伝えたのに、返って来たのは舌打ちだった。しかも、鏡越しに睨まれた。
女性は、私よりは年下のように見えたが、キャピキャピ華やかなOL達と比べると年上。アラサー以上アラフォー以下といった感じ。
苛々いしたような表情で、そのまま去って行った。
彼女が出て行くと、若いOL達がひそひそ笑いながら、


「こっわ!」

そういうことなのだ。彼女は若いOLらかたしたら厄介者なのだ。

「結婚しないのかな~。」

「無理でしょ?」


「仕事がすべてだもん。」

「休みの日とか何してんだろうね。」

「意識高い系だから、資格取得の勉強じゃない?」


ちょっとした会話だったが、なんだか落ち込んだのだ。
そんな風に思われている女から、私はあんな仕打ちを受けた。なんだか自分の価値を更に下げられた気がしたのだ。

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飛沫三昧

奥歯が時々痛み、歯医者へ行くと虫歯が出来ていた。


「フロス、ちゃんとしてます?」


歯科医は、そう言いながら私の口内の写真を撮り、目の前の画面に拡大してそれをうつした。


「ほら、こことここ。ちゃんと磨き切れてないですね。」


まるで子どもに諭すかのように、説明されるのが恥ずかしい。隣の男性にも丸聞こえだ。
実際、自分で見るその歯にこびりついた歯垢は酷かった。肉眼では見られない場所だからか、にしてもヘドロのよう。
どうしたらそんな部分にまでブラシが辿り着くのだろう?


歯科医は私の歯にガムのようなものをグイっと押し付け、少しの間待っててくれと席を話して隣の男性の元へうつった。
男性は、歯科医の知り合いなのか親し気に、治療がまもなく始まるというのにべらべら喋り始める。このコロナ禍でノーマスクでもOKなのは飲食店と歯科医院くらい。飲食店の黙食のように黙って治療は受けられないのだろうか。


「やっと昨日で隔離生活も終わったよ。」

「え?感染してたんですか?」

「うんうん。嫁も罹っててまだ隔離中。」

「え!?大丈夫ですか?」

「うん、熱はすぐ下がったしね。」

「あの、感染して今日で何日目ですか!?」


「え?10日経ってるんじゃないの?たしか。」


ー私もだが、歯科医も手元が止まったままだ。その微妙な空気の変化に気付かない男性は尚、喋り続ける。

「とにかく家の外に出たくてね。買い物も行けないし、でもあれは頼んだよ、1週間分の食料品。思ったよりたくさん来たんだわ。食べきれないよ。震災用にでもするかな。」

ベラベラと、余程家に籠っていたことで会話に飢えていたのか?それにしても迷惑である。
私は意識的に男性の逆方向に顔を傾けた。
歯科医はマスクもメガネもしているので安全だろうけれど、その飛沫がわずかでも手元に飛んで、私の口内の治療中になんらかのタイミングで入りはしないかと不安が募った。















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陽だまりと影

今日は、バイトの日。
やっぱりこの仕事は向いていない、というか、この仕事をこの先何年も続けるイメージが湧かない。
今日は、一人体制だったので、あの二人がいない分気楽なはずだったのに。
一人ではオーバーワークだと思う程、仕事量も多くまたきつかった。
詳細は省くけれど、昼を過ぎても尚、食欲がまったくわかない。思い出すだけで餌付いてしまうのだ。

先日、勢いで応募した求人からは何の連絡もない。迷惑メールボックスも何度も確認するが、なしのつぶて。
オーバー40で落とされたのか?にしても、メール返信くらいくれてもいいのに。
怒りに任せ、確認を兼ねてメールを送信してみた。メールだとつい強気にもなる。
こういう時、ラインだったらいいのにと思う。相手が未読か既読か分かるし、既読スルーだったら、それがもう答えということだ。
一番心配なのが、その存在を忘れられているということ。


早く、今の仕事から脱したい。春の陽気とのギャップが、苦しいのだ。


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胸騒ぎ

夫の雄叫びを聞いてから、まんじりともせず朝を迎えた。
いつもより遅く起きて来た夫は、のそのそとダイニングチェアに腰を下ろすと、まずそうに水を数口啜り、それから箸に手を付けた。
なんだかんだで私は夫の妻なのだ。
ご飯に納豆、味噌汁に鮭の塩焼き、それに里芋の煮っころがしに焼きのりに卵焼きにサラダ。
自分で言うのもなんだが、まるで旅館の朝定食ではないか。夕飯作りが楽になったぶん、そして弁当を作らなくてもよくなったぶん、こうして朝食に手を掛けるようにしているのだ。
ちなみに、昨夜は子と二人だったので、焼き豚丼だった。中学生のご飯は丼ものが都合いい。塾だってあるし、時間がない中ですばやく搔き込むことが出来、腹にたまるもの。


「えー、私、パンがいい。」


子は、そんな風に言う。面倒だが、子には別メニュー。食パンを焼いて、サラダとちょっとしたおかずを出す。
バイトが休みだから、出来ること。バイトの日なら、こんな手の込んだことなどしない。


折角作った朝食なのに、夫は半分以上も残した。やはり、何かがあったのだろうか?気軽に、何があった?と聞けない夫婦関係。見て見ぬ振り。夫と私の間にある、越えられない壁。


「パパ、具合悪いのかな?」


子さえ、気付いて私に尋ねる。私は首を傾げることしか出来ない。
だが、子も子の生活でいっぱいで、夫に一声心配の声を掛けることなく、自分のスマホに意識を戻す。


何かあった原因が、彼女とのことならいいのだけれど。
仕事関連だったらと思うと、胸騒ぎが止まらない。






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  • 2022/03/11

叫び

夫は、ここずっと帰りが遅い。
毎晩、日付が変わるかどうかの時間に帰宅。
当初、それが楽だったりもしたのだけれど、今の職場の引継ぎだけではなく、事務所に寄ってから帰ることが増えたことが要因だと思っている。
ついに、

「待ってなくていいから。先寝てて。」

そう告げられた。こんなこと、今までなかった。どんなに遅くても、私がダイニングで待っていると面倒臭そうでいて満足そうな表情を浮かべていたのだ。体調不良でやむを得ずベッドに横たわっていると、口には出さないが不機嫌オーラを醸し出していた。

言われた通り、先に布団に入った。だが、なんだかうまく眠れなかった。鍵のガチャガチャする音が聞こえ、夫が家の中に入って来たのが分かる妙な空気感。顔を出そうか迷い、辞めた。ため息が聞こえ、そのまま風呂場へ行く音。シャワーの音。そして叫び声。
久々の雄叫び。

ー何があったのだろうか?

ストレスがMAXになると耳にする雄叫び。気になりつつも、布団の中にくるまり寝たふりをすることしか出来なかった。


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  • 2022/03/10

お花畑になれない

母に、カートを購入した。安過ぎもせず、高過ぎもせず。何の変哲もないカートだ。
ガラガラとそれを引いて歩くと、数十年後の自分の姿を見た気がした。私もいずれ、こういうものの世話になる日が来るのだろうと。
カートは、シックな色調のペイズリー柄だ。最近流行りの柄といえば柄だが、婆さんぽい柄という気もする。
気に入るかは分からないけれど、機能性重視、物がたくさん入り、持ちやすければそれでいい。
早速、バイトが入っていない日に持って行こうと連絡をした。だが、その日はワクチン接種を受けることになっているからと断られた。
3回目の接種だという。今から大騒ぎ、まるでこれからコロナ感染するかのようだ。


「またあんな副反応が出たらたまったもんじゃないわよ。もういい加減、こんな生活なんてうんざり。こんな狭いところにずっと閉じ込められて、気晴らしも出来ないし。」


どうやら新しい家について、色々と文句が出て来たようだ。隣近所や実際住んでみての不満。それらをすべてぶつける相手に私を見付け、すっきりしたいのが見え見えだった。


「また、都合良さそうな日に行くから。ワクチン打ち終わった頃に電話するね。そろそろ仕事行かないと。」


「あんた、まだ掃除のおばさんやってんの!?もういい加減にしときなさいよ。」


いつもの上から目線にげんなりする。だが、いちいち真正面から受け止めず、ただ受け流す。
弟なら、どんな職種でさえ、ただ働いてくれただけで肯定し、褒めそやすのに。

「私だったら、もっと楽しい仕事見付けるわよ。ただお金の為だけに働くなんてあり得ない。」

このご時世、こんなお花畑な思考を持っていたら破滅する。皆、やりたくもない仕事であっても有難く受け、地道に働くのだ。
やりたいことを仕事に出来る人間など一握り。いたとしても、それなりに見えない努力の積み重ねあっての賜物なのだ。










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春を迎える準備

天気のせいか、暇だからか、勢いで目に付いた求人に応募してしまった。
受かるはずもないけれど、週4日、土日祝日休みの9時~17時データ入力系バイト。
一人黙々事務作業、PC入力出来る程度でOKの仕事。
まず、自宅から自転車で15分というところが気に入ったのと、シフトは固定制。今の清掃バイトのような、変動型ではない。
結局今のバイトは、突然休みになったり入ってくれと言われたり。土曜は基本なしだったのに、出る羽目になったり。
当初の条件とはだいぶ掛け離れているのだ。
そして、やはり立ち仕事は私には向いていない。なんとか頑張りつつ、やはり体のあちこちが悲鳴を上げているし、持病の具合も悪くなる一方。
長い目でみたら、やはり座り仕事が続くのだと思う。そして、その座り仕事は年齢とともにどんどん狭き門となっていく。需要ばかりが増えていく。

春先になり、今月も割と仕事が入っている。これから繁忙期に入るというのだ。だが私はそのタイミングで良いところがあれば辞めてしまおうと思っている。
無責任かもしれないけれど、この会社や人が私の人生の責任を負ってくれるわけではない。
居心地の良い場所は、自分の手でつかみ取るしかないのだ。

春だからか、気持ちがかなり前向きになっている。




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青春の切れっ端

子が、先輩に渡す色紙を書いてそのまま机に置きっぱなしだったのでなんとなく眺めていたら、青春の切れっ端を垣間見たようで、胸の奥がぎゅっとした。
こういう色紙は、貰ったこともなければ書いたこともないからだ。
我が子の青春は眩しい。なんだかんだ最初はもめたけれど、テニス部という花形スポーツともいえる部活に所属し、なんとか辞めずにここまで来ている。仲の良い友達も出来たようだ。けっして目立つ存在ではないにしても、健やかな学生生活を送っているように見える。
そして、子が私の知らぬ間に、社交辞令ーうまく世の中を立ちまわれるような言動を習得していたことを知る。

ーいつも練習に付き合って下さりありがとうございました!先輩のサーブ、私の憧れでした!

ースランプだった時、先輩の温かい励ましが力になりました!ありがとうございました!

何人もの先輩に対し、それぞれ違うメッセージを書いていた。子は、積極的に学校や部活での出来事を私に話してくれることが皆無なので、先輩といってもどういう先輩なのか顔も名前も一致しないし、また子が部内でどのような立ち位置なのかも分からない。
それでも、色紙から何となく伝わるもので、ほっと安心したのだった。

ー我が子は、大丈夫。私と同じ道を辿ってはいないー

母親というものは、特に娘を持つ母親というものは、娘に自分を投影しがちである。それは、毒母を持つ私がそうだったように、鬱陶しくも避けては通れない問題で、断ち切ることが難しい負の連鎖。
子が自分と違う道を通ることに安堵しつつ、もっともっとと理想を求めるがあまり、それが行き過ぎた過干渉に繋がったり、また自分より幸福な娘に嫉妬心を抱いたりする母親もいるという。
私は、どちらかといえば前者だ。だが、自分自身にセーブを掛けている。意識的に。子には子の幸せの基準を大事にして欲しいから。

桜色の色紙、気付けば春の陽気。
我が子もいよいよ、最高学年となる。







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孤高の人からの電話

鳴り響く着信。珍しく、夫でも子でもない、私の携帯。
待ち受け画面を見ると、なんと孤高の人からだった。あまりにも久しぶり過ぎて、最初、誰か分からなかった。

「もしもし、お久しぶり。今、大丈夫かな?」

その声色に、つい身構える。直感的に嫌な話だと感じるからだ。そして、予想は的中だった。

「来年度の役員なんだけど、再募集掛けたのね。でも、なかなか集まらなくて。で、OOさんってまだ役員してなかったよね?」

ーあー、来ました来ました。やっぱり来ました。逃れられる訳、ないですよね。

「子ども1人につき1回ってのは小学校の時と同じだからね。で、まだOOさん中学では何もしてなかったよね。逃げようと思ってたでしょう?逃げられないからね~」

孤高の人って、こんなキャラだったっけ。冗談めかした口調だが、捉えた獲物は逃さない的な怖さを感じた。


「でも、仕事を始めて忙しくて。」

「仕事?あぁ、大丈夫。私、ダブルワークしてるけど、余裕だったから。それに、皆仕事なんてしてるって。してない人の方が希少だから。」


「あと、親も調子悪くって。」


「介護?一緒に住んでる訳じゃないでしょ?同居だったら仕方ないけど、そういう人たくさんいるよ。無理な時は休んだっていいし、他のメンバーに任せればいいでしょ。一人で役員やる訳じゃないんだから。もう、OOさんって真面目だな。もっと気楽に考えてよ。」


「で、今残ってる役員が・・・」


一方的に話を進めて行く彼女に、相槌を打つことしか出来なかった。


「じゃあ、一応そういうことで。また詳細決定したら連絡が来ると思うから。ありがとう~」

彼女、コールセンターの仕事でも始めたのだろうか?丸め込むのがうまい。それに、なんていうかあんな調子の軽い人だったっけ。
どうしても、私の中の孤高の人と受話器越しの声が一致しないままだった。









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折れたのは私

実家に電話した。
ひな祭りの記憶が、そうさせた。
母が折れるのは足の骨だけで、結局こうして私の方が折れる。
これまでもそうだったし、今更スタイルを変えようとしても残された時間は限りある。
時間の無駄なのだ。

「お母さんに、代わって。」

本能的には話したくもない。関わりたくもない。だが、理性がそれを邪魔するのだ。40年以上、母の腹から誕生したあの日から培ってきた私の性質は、無理やり奔放にねじ込んだところで壊れたびっくり箱のように、突如、蓋が馬鹿になる。

「もしもし・・」

母の声は、想像以上に弱っていた。電話線のせいなのかもしれないけれど、受話器に耳をぴったり付けて、空いた方の耳の穴を手で塞がないと聞き取れないくらいなのだ。

「足の方は、どう?」

「うん、だいぶ動くようになったわよ。」

「体調は?」


「うん、私よりもお父さんの方がよくないね。家のこと色々と任せたこともあって、薬で症状抑えてたけど無理がたたったみたい。」


そんな時の弟なのだ。弟はどうしているのか聞くと、ようやく工場のバイトが見付かり、今は週6で働いているという。だが、時間を聞くと一日数時間足らず。フルタイムではないので、月収もわずかなのだろう。空いた時間はスロットでもしているのかもしれない。それでも母は嬉しそうだった。

「あの子もあの子なりに、私がこうなって考えてくれたのよ。親思いの優しい子だからね。」


まただ。油断すれば、こうして棘ある言葉を投げて来るのだ。それは、無意識かもしれないけれど、私の心にずんと罪悪感となってのしかかる。


「なんか食べたいものとかある?持っていこうか?」

どうせ断られるんだろうなと思いながら尋ねると、

「食べ物は要らないけど、買い物用のカートみたいなものが欲しいわ。」

予想していなかったものをリクエストされた。高齢者が買い物をするのに杖代わりにも出来るような、あのカートである。あれを使って歩くのは、れっきとした爺さん婆さんだという印象が拭えない。とうとう母もそんな世代になったのだ。

「分かった、探しとく。」


実家に対しても義実家に対しても、必要以上のことはせず、求められたら出来る範囲で力になること。そう心掛けようと思った。
自身の心身を病んでまで、犠牲になることはないのだ。そこはきっぱり。私には私の生活がある。

早速、ネットでカートを探す。ピンからキリだ。3000円~高いもので1万円以上もする。ポチって実家住所に送ろうと思ったが、やめた。手渡すことで母との溝を埋められるかもしれない、そんな期待をいまだ捨てられずにいるのだ。










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「食」の記憶

そうだ、今日はひな祭りだ。

スーパーの刺身コーナーで、主婦らがわんさかたむろっているのを目にして気が付いた。
バイト帰りだったこともあり、サクッと買い物を済ませて帰ろうと思っていた矢先。
たった週に数回のバイトであっても、家のことや子どものことや親のこと、頭は常に気忙しく、だからこうした行事ごとをうっかりスルーしてしまいがちだ。
実は、吉田さんから桃の花を貰って、ひな人形を出し忘れていたことに気付いたのだった。女の子の母親失格だ。
慌てて押し入れから人形を取り出し飾り、それで満足してしまっていたのだ。

広告の品だったほっけの開きを買い物かごに入れていたのをやめて、サーモンを入れた。さすがにひな祭りにほっけの焼いたのなんて色気がない。
1P、600円弱だ。まぐろ、800円、えび、600円、子の好きないくら、600円。全部買ったら3000円はくだらない。家族3人と考えれば1人1000円。寿司屋に行くことを考えればそうでもないかも。
鮮魚コーナーを行ったり来たりしながら、考えた。その間に、多くの主婦がぽんぽんと買い物かごに刺身を入れて行く。それを眺めていたら、なんだか自分が我が子にとってケチ臭い母親に思え、ハレの日すら思い切ったご馳走を振舞えないのかと情けなくなった。
実母は、見栄張りだし贅沢三昧で計画性はなかったものの、私のお祝いには惜しげなく金を遣った。入学式や卒業式、誕生日やひな祭り、勿論自分自身にケチることもなかった。そしていまだに覚えているカラフルな食卓。夫の家のようにセレブ感はなく、むしろ背伸び感満載だったけれど、それでも美味しいものを食べさせて貰った記憶がこの年になっても尚残っていることに、感謝の気持ちが湧いた。
子が、いずれ娘を生んでひな祭りを迎えた時ー、貧相な食卓を思い出すことになったらと思うと、居ても立っても居られない。「食」は日々の生活において欠かせないもので、腹に入れればすぐ目の前から消えてしまう。所詮、消え物。だがその消え物は、特別な日の記憶として舌に残り続けるのだ。

義父からの虎の子。孫の為に使うのだからいいだろう。そう思い直し、かご一杯に食材を入れた。サーモン、まぐろ、いくらにえび、そしてデザートに大きなあまおうと桜餅。レジに並んでいると、隣も前も私と同世代の主婦で、そのかごの中身はお雛様仕様だったりそうでもなかったり。男の子の親なのかなとか、女の子の親なのかなとか、色々と想像を膨らませては楽しくなった。













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炊飯器飯

久し振りに味わう、この感覚。
透明人間。

「おはようございます。」

いつも以上に、はっきり聞こえるよう声を張ったつもりなのに、長期休んでいたことが後ろめたいのか、思うよりか細い音が自分の耳に届いた。
よりによって、例の女と男がシフトに入っており、視界に入ると心臓がバクバクした。
顔ぶれが少し変わったような気がしたが、皆、私のことなど関心がないようで、黙々と作業に徹している。一応、女に挨拶をする。形式上、上司なのだ。

「お休みいただいて、ご迷惑お掛けしました。」

私のことをちらっと見て、一言。

「あら、辞めたのかと思ってた!」

そう言うと、例の男と目配せしてニヤッと笑ったのがマスク越しでも分かり、嫌な気分になった。
そのままリアクションを取らなければ、自分の立ち位置がますます微妙なものとなる気がして、彼女の嫌味をジョークと捉えて愛想笑いで返す。そんな風に調子良い風を装うのは、本来の私ではないのだけれど。

肉体は、自分が思う以上に衰えていた。ただ家で休んでいただけなのに、15分も経たないうちに腕時計の針ばかり見つめてしまう。こんなに疲れているのにまだこれだけしか経っていない時の流れの遅さに、つい弱音を吐きたくなった。


作業をしながらも、あの女の嫌味が頭の中で何度もこだました。段々と、なぜあんな風な態度を取られなければならないのかと頭にも来た。オーナーでもないただの従業員、私より先に入社しただけの先輩バイト。彼女から給与を貰ってるわけでもない。
バカバカしくなり、バイト時間が終わり解散となった時、挨拶をスルーした。他の人達にはきちんと声を出して挨拶をした。だから、気付いていると思う。私が故意に挨拶をしなかったのだと。
もしかしたら、今後、嫌がらせを受けるかもしれない。もしそうなったら、辞める口実が出来ただけのことだと思うことにした。

たった4時間のバイトが終わり、自宅に戻ってシャワーを浴びてさっぱりしたら、もの凄い食欲が私を襲う。炊飯器の蓋を開けると、朝食の残りご飯が茶碗2杯分程残っており、このままこれにふりかけでも掛けて食らおうかと思うが、なんだか物足りない。
震災備蓄倉庫を漁り、レトルトカレーを取り出す。すぐに温め、炊飯器の中の飯めがけてぶち込んだ。
炊飯器を抱え、カレー用のスプーンでそれを口に運んだ。こんな姿、夫が見たら引くだろう。いや、我が子でも引くだろう。炊飯器のまま飯を食べる母親。一生、忘れられない衝撃的なシーンとなるかもしれない。

昼間、一人で自宅を占領出来る主婦のメリット、それは証拠隠滅の術。米粒一つ残っていないけれど、カレールーのこびりついた炊飯器を綺麗に洗った。そうして何食わぬ顔で、新たな夕飯用の飯を炊くのだ。

ふっと一息つくと、途端にバイトを辞めたくなった。






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彼女からの侵攻

「ほれ、土産。」

夫が帰宅し手渡して来たのは、桃の花と小さな紙袋。中を覗くと、綺麗な小瓶に入ったひな祭り仕様のおはじきのような飴玉と金平糖。子は塾だったので、私が受け取る羽目になった。聞かなくても分かるが、一応聞く。想定内の答えが返って来る。
吉田さんは、徐々に我が家にその存在を見せつけて来る。我が家ーというよりも私に。まるでロシア軍のように、私が守って来たこの国を侵攻する。悪びれもせず、そうすることは前世から決まっていたのだという風に。
子が塾から帰宅し、一応私は吉田さんから貰ったものを見せると、興味なさ気に生返事。子だってもうあの頃の子ではない。成熟した少女だ。子供だましの飴玉一つで喜ぶ時代は過ぎたのだ。
我が子の素っ気ない態度に満足し、勝手に味方が増えたような、ざまあみろというような気分になる。

それでも、心は複雑だった。
何年も前に、桃の花を貰ったことを思い出す。あの時抱いた感情とはまた違う、どちらかといえば不安感が大きい。嫉妬心というよりも、不安感だ。

桃の花を花瓶に生け、テレビ台の横に置いた。まるで吉田さんが、そこから私達家族を覗き見しているように感じ、薄気味悪い。生花に宿る、怨念のようなもの。
夫が鼻歌混じりに風呂から上がり、冷蔵庫のビールを促す。ジョッキに注ぎ入れて渡すと、喉を鳴らしながら一気飲み。


「あー!やっぱり外で働いた後に飲むとうまいな。」

在宅仕事の時もなんやかんや飲んでいたが、オンとオフの切り替えが出来なかったり体を動かしていないことで、惰性で酒を飲んでいるふしがあった。こうして傍から見ても、外から帰って風呂に入り、外で浴びた汚れを落としてスッキリしてから飲むビールは格別なのだろう。だが、この日はその他に美味しさが増すようないいことがあったーそう感じるのは嫁の第六感だろうか?
小瓶の中で光る飴玉は、昔ながらの素朴な味わい。美味しくないから減らないし、結局最後は捨てることになるのだろう。捨てられるのは、彼女の方なのだ。







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  • 2022/03/02
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